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「……で、何だそれは」
 と父親に尋ねられ―――というより、突っ込まれ、リアナはそれを続けたまま一言で答えた。
「背が伸びる体操」
「それ以上伸ばしてどうするんだ」
「だって……」
 ジェフリーに負けてるんだもん、とは言いたくない。断じて言いたくない。
「わたし、モデルになりたいの!!」
「……は?」
 手元の新聞に戻っていた視線が、再び娘に向いた。
「……何企んでんだ、お前」
「企んでへんもん!」
「……」
 イントネーションが非常におかしいので、何か隠しているのは間違いなかった。
「あんまり伸びると貰い手がなくなるぞ」
 もう一度新聞に視線を戻しながら、彼はそう忠告した。
「母さんみたいにな」
「ふーん?」
 その瞬間、居間がさぁっと冷気に包まれた―――気がした。


 どったんばったん煩いことになっている居間から部屋に移動して、リアナはせっせと件の体操を続けた。
 両親の喧嘩には慣れっこだ。
 何しろ、小学生の頃にジェフリーが「うちのお父さんとお母さんは毎日けんかをします」と作文に書いたほど、それはあまりにも日常化しすぎていた。
 その作文をあろうことか参観日に読んだ彼は、しばらくこってりと絞られる羽目に陥ったのだが。
 そんな内容にもかかわらず、弟はものすごくのんびり朗らかな声で読んだ。楽しそうでさえあった。

 そう。逆に、喧嘩をしない両親の方が姉弟には重大な事態だった。

 リアナは、ずっと小さかった頃に、両親が一言も口も利かなかった一週間があったことを思い出していた。
 あれは、不気味だった。
 悪いことに、大ボスとルシェラ姉さんとバンス兄さんは長期の仕事に行っていて、マーカスおじさんも、シナおじさんまでもが家を留守にしていた。
 あまりに不安になったリアナとジェフリーは、二人っきりでアレクサンドリアまで助けを求めに行ったのだ。
 ―――喧嘩の原因は、確かものすごーくどうでもいいことだった。目玉焼きにしょうゆをかけるかソースをかけるか、とか、そんなこと。
 わざわざ喧嘩を収めに来てくれたジタンおじさんの脱力した顔を、リアナは今でもよく覚えていた。
 アレクサンドリアまでの道中、ずっと握り締めていた弟のあったかくて小さな、手の温もりも。


「リアナー」
 ひょこん、とジェフリーが部屋に顔を出した時も、彼女は相変わらず体操の続きをしていた。
「げ、何やってんの?」
「……放っといて」
 一休みするかと、彼女は首に巻いたタオルで顔の汗を拭った。
「で、何か用?」
「いやさ、下のアレ、何?」
「何って、いつものでしょ?」
「なんか新しい遊びでもやってんのかと思ってさ〜」
「……へ?」
 そういえば、さっきから妙に静かだ。
 リアナが見に行ってみると、両親はソファに仲良く並んで座って、彼女の母親が父親に「はい、あ〜んv」とケーキを食べさせていた。
 リアナはぞっとして、咄嗟に見なかったことにした。


 ―――罰ゲームだ。間違いない。


 だって、あそこのお店のケーキって尋常でなく甘いもん。



***



 最悪の時は、刻一刻と近づいていた。
 リアナが鬼気迫る表情で一人ブツブツ言っているので、クラスメートたちも遠巻きにしている。


 そう、今日は毎年恒例の身体測定の日。
 そして、目の前には身長測定台。
 前の子の測定が終わって、彼女は「やだー、3mm縮んでる〜!」と悲痛な叫びを上げた。
 縮んだですと!?
 冗談じゃない。
 リアナは、戦場へ向かう兵士の気分でその台に乗った。



 クラスメート同士で結果を見せ合うのは、子供の頃からの慣わしだった。
 最近は体重だけ隠す子もいるけれど、誰のが何mm大きいとか小さいとか、ワイワイ騒ぐのは結構楽しい。
 リアナは、我が弟ながらジェフリーの結果が気になって気になって死にそうだった。
「ちょっと、マジで!?」
 と、誰かが笑い声を上げたので、他のみんなもそちらに注目する。
 リアナも、教室の離れたところからそちらを見た。
「ジェフ君てば、リアナと身長全く一緒じゃん!」
「え?」
 ジェフリーが改めて自分の結果を見るけれど、自分のだけを見ていても比べようがない。
 弟が引っ張られて姉の席まで連れて来られ、全員わらわらとその周りを囲んで大笑い。
「お前らどこまで双子なんだよー! 笑える!」
「わーっ、ホントだ! すご〜っ!」
「え〜、どれ??」
 リアナも見た。ジェフリーも見た。



         162.6



 ……間違いなく、全く同じ数字だった。






 それからしばらくの間、二人は「身長が全く同じな双子」とからかわれていたが、そんな遊びもすぐに収まった。
 というのも、ジェフリーがまるで重力無視の態ですくすくと育ち、あっという間に5cm以上差がついてしまったのだった。
 あんなに小さいことを気に病んでいた弟も、今ではクラスの男の子たちとほとんど差のないほどに育って、それはそれでちょっと安心、とも言えた。


 ―――でも。


 自分を見下ろしてくる、弟。
 今一番、リアナがイライラさせられている原因物質がこれである。



-Fin-





2世復帰作第一弾…この後も続くのかは不明ですが(^^;)
双子のエピソードで幾つか考えていたのを詰め込んだ結果がこのお話になりました。
なんかリアルに2世タンタラスの身長が予測できる感じになってしまった…。
そこからサフィーも逆算してやってください(笑)

背が伸びる体操ってどんなのかな…ブートキャンプじゃ逆効果そうですな。

2007.8.3




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