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「ねーたま、どうしたの?」
 昼寝から目覚めたシドがわんわん泣いて困ると乳母が言うので、エーコは様子を見に行った。そんな気分ではなかったけれど、両親がいない間に弟が引きつけでも起こしたら大事だ。
「おなかいたいいたいなの?」
「え?」
 ぼんやりと弟の顔を見つめると、弟は精一杯伸びをして、姉の頭をなでなでと撫でた。いつも自分がしてもらうやり方で。
「いーこいーこしたげるから、泣かないでね」
「シド……」
 思わず、ぎゅっと弟を抱き締めた。小さな子の柔らかな暖かさが愛しくて、エーコはまた泣き出しそうになった。
「泣かないよ、お姉ちゃまは強いんだから!」
「うん」
 シドは嬉しそうに頷いた。
 しかし、小さなその子は、その日いっぱい一言も我が侭を言わなかった。
 おやつの時間には大好きなお菓子を姉に分け与えた。夕食も一人でちゃんとフォークを使えたし、いつもなら寝る間際までグズグズぐずっているのに、今日は「一人で寝る」と断言して、ちゃんと乳母に寝かしつけてもらった。
 精一杯の、気遣い。
 こんな小さな子にまで気遣ってもらうほど、どん底まで落ち込んだ顔をしているのだろうか。エーコは自分に嫌気が差した。
 ただ、ちょっと喧嘩しただけ……なのに。
 だけ……だよね?
 明日になったら、仲直りできるよね?
 あたし、また言ったらいけないこと言ったのかな。
 だって、ビビのこと忘れるなんて、そんなことどうしてもできないもん。
 あたしがあの子を忘れてしまったら、あの子は本当に死んでしまうんだから……!



***



 数日が過ぎ、両親がリンドブルムへ戻ってくる日がきた。
 シドはその日も朝からしゃんとしていて、いつもの甘えん坊ぶりはどういう訳かと思うほどだった。
 気味が悪いくらいで、何だか居た堪れなかった。

 エーコは二人を迎えに飛空艇のドックまで出向いた。
「お帰りなさい!」
 タラップに降り立ったヒルダを見つけて駆け寄った。
「ただいま。シドはどうしてる?」
 開口一番、ヒルダは心配そうにそう訊ねた。
「いい子にしてるのだわ。何だか気味が悪いくらい」
「まぁ」
 ヒルダは一瞬目を見開いて、それからエーコの頬を両手で包んだ。
「エーコ」
「なぁに?」
「何かあったの?」
「……え?」
 ヒルダの視線は優しくエーコに注がれていた。
「あ……あの」
 急に、エーコは気恥ずかしくなって俯いた。
「ちょっと……喧嘩を、して」
「喧嘩?」
 そこで、機関長と話していた大公が降りてきたので、ヒルダは全部を聞き出せなかった。



 まだ小さくてドックへ入れないシドは、大人しく両親の部屋で帰りを待っていた。
 「こんなに聞き分けのいい公子さまは初めてですわ」と乳母たちを盛んに感心させていたが、本人は他のことに気を取られているようで、彼女たちには無関心だった。
 やがてドアが開いて、両親の姿が見えた時。本当に、その瞬間だった。
 突然、彼は火が付いたように泣き出した。
 部屋にいた全員が思わず飛び上がって吃驚するほど、激しく泣いた。
「どうしたの、シド? いい子ね、泣かないのよ」
 と、ヒルダが抱き上げて頭を撫でても、ちっとも泣き止まなかった。
「きっとワシらが長く留守にしたので、怒っているのじゃろう」
「まぁ、違いますわ」
 ヒルダは頭を振った。
「不安だったのでしょう? お姉さまがいつもと違う様子で」
「……え?」
 エーコが目を丸くして彼女を見た。
「あなたは自分が悪いのかと思ったのね」
 シドはわんわん泣き続けたけれど、指はしっかりとエーコの服の袖を掴んでいた。
「そうじゃないわ、シド。あんたとは関係ないのよ」
 エーコがそう窘めても、シドは首を振って泣き止まなかった。


 結局、泣き疲れて眠ってしまうまで泣いた。







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