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「何だよ、このカツラ」
 ジェフリーは小道具の中から、中途半端な長さの金髪を取り上げた。
「それ、ヴァイオラの衣装ずら」
「衣装じゃねぇだろ、衣装じゃ」
 ぶっと噴出したジェフリーに、リアナは「立派な衣装よ」と主張した。
「それをね、サフィーの髪にピンで留めて、最初のシーンに使うのよ」
「ああ、女装の時な」
「もう〜、女装って言わないでよ!」
 サファイアは手近にあった小道具を一つ投げつける。
 ジェフリーがちゃんと避け切れるのを計算済みなのが、何とも小憎らしい。
「で、こんな長さでどうするわけ?」
「こうやって……」
 リアナはサファイアの後ろへ回ると、短い金髪にピンでカツラを留めつける。
「まぁ、こういう感じでロングヘアにするわけ」
「ふぅん」
 ジェフリーはじっとサファイアを見つめた。
「……なんか、そうしてると別人みたいだな……」
「ここからが見せ場ずら」
 惚けているジェフリーを放っておき、ラリは小道具から小さな剣を取り出した。
「これで、髪をばっさり切るずら」
 サファイアは言われた通り、地毛との境目に剣を当ててカツラを「切り落とし」た。
「はい、シーザリオの出来上がり」
 リアナは床に落ちたカツラを拾い上げた。
「これ、髪の短いサフィーだからこそできる芸当って感じだよね」
「まさか、実際に髪を切るわけにはいかないっスもんね」
 ハリーも頷いた。
 そんな理由で自分に主役が回ってきたわけではないだろうかと、サファイアは苦笑した。



 稽古も大分進んだ春の終わり、サファイアは少しずつ自信を持ち始めていた。
 この頃になると大人の団員達も時折練習に加わるようになり、コミカルな会話は見ているだけでも飽きることはなかった。








「最近、ラリさん様子がおかしいっスよね」
 と、ハリーが呟いたのは、夏に入ったばかりの頃だった。
「そうか?」
 うっとおしい前髪が垂れてこないようにとバンダナを巻き直しながら、ジェフリーは首を傾げた。
「何となく、苛々してるように見えるっス」
「そうかなぁ」
 いつもあんなもんだろ、とジェフリーは取り合わなかった。
「あ、わかった。ホントは主役がやりたかったんじゃないか? ヴァイオラの役」
 ジェフリーは自分で言い出しておきながら、ラリがヴァイオラの格好をしているところを想像して、自分で笑い出した。
「……ジェフリーに言った俺がバカだったっス」
「どういう意味だよ、それ」
 ハリーはじと目でジェフリーを見てから、大きな溜息を吐いた。

 本当に、サファイアはこの男のどこを好きになったのだろう。

 やんややんやと言っている旧友を放っておいて、ハリーはリアナを探しに行った。
 リアナなら何か勘のいいことを言うだろうと思っていたから。
 それでも、最初から彼女に相談を持ちかけなかったのには、無意識下に感じる理由があったのだが。
「あ、ハリー!」
 サファイアが走ってきて、ハリーの鼻の先で止まった。
「今、暇?」
「暇なように見えるっスか?」
「ん〜」
 サファイアは少し下がって、青く透き通った目でハリーをじっと見た。何となく、居心地が悪い。
「暇っスよ。どうしたっスか?」
 なので、先に折れた。
「リアナのことなんだけど」
 サファイアはふと真剣そうな表情になる。
 ふざけていたと思ったら急に真面目な顔をするあたりも、彼女は彼女の父親に似ていた。
「リアナさんがどうしたっスか」
「最近ね、なんか変なの、リアナ」
 サファイアは困ったような顔になった。
 ハリーは、はた、と一瞬固まった。
「……最近って、どれくらいっスか」
「ここ二、三日かな」
「……わかったっス。どうもありがとうっス」
「え? ちょっと! ハリー、それじゃあたしが何にもわからないじゃないよ!」
 ずんずん去っていく背中に叫んでみたが、それに答えることもなく、彼は行ってしまった。






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