<7>



 キィ、と小さくドアが軋んだ。三回目だ。
 ラリは寝転んだまま、そちらを見ようともしなかった。もっとも、見なくても来訪者が誰であるか、彼にはわかっていたのだが。
 最初はジェフリーだった。次はサファイア。
 二人とも何も言わずに出て行った。
「ラリ。ちょっといい?」
 三人目はリアナで、彼女は前の二人とは違い、彼の名を呼んだ。
「顔も合わせたくないんじゃなかったずら?」
 ラリは面倒臭そうに起き上がった。
「それじゃ、解決しないもん」
 リアナはドアの側に突っ立ったまま、不機嫌そうに言った。
「気分悪いから、はっきり言っておきたいの」
 少しの間、二人は沈黙を守った。ラリはちゃんと起き上がると、ベッドに腰掛けた。ベッドサイドに置きっぱなしにしていた眼鏡を掛けると、じっとブルーグレーの目を見る。
「いいずら」
「じゃぁ、言うけど」
 リアナは言葉の合間に、弾みをつけるように小さく息を吸った。
「わたし、ラリのことは好きにはなれない。仲間としては好きだけど、それ以上はありえないと思う」
「知ってるずら」
 少しも堪えた様子もなく、ラリはしれっと返した。
「知ってるのも、知ってるけど」
 リアナは俯いた。
「ああいうことするのは、最低だと思う」
「悪かったずら」
 ラリは相変わらずしれっと返したが、リアナはその声の響きに何かを勘付いて、目を上げた。
「わたしは今まで通りにするよ。あんたはやりづらいかもしれないけど」
 ラリは肩を竦めて、目線を外してしまった。
「それで、あいこにしよ」
「そんなことでチャラにされていいずら?」
「……まぁ、いいよ」
 リアナは口元に苦笑いを浮かべた。
「ジェフリーが勘違いするから、変に騒ぎになっちゃうしさ」
 普通、「キスだけ」ならこんなトコにするもんじゃないでしょ、とリアナは言った。
「わざとでしょ」
「まぁ」
「……父さんに見つかってたらどうするつもりだったの?」
 ラリは天井を見上げて、一瞬考えた。
「打ち首モノずらね」
 おどけたその言葉に、リアナは小さく笑った。
「ジェフリーに殴られてみたかったわけ? 子供の頃みたいにケンカしてみたかったとか」
 ラリは眼鏡越しに、悪戯そうな目でリアナを見つめていたが、結局答えなかった。



***



「やっぱりここだったずら」
 ラリは石段の一番上に腰を下ろした。褐色の頭はちらりと動いただけで、変わらずに夕日を眺めていた。
「リアナは許してくれたずら」
「あ、そ」
 ジェフリーはそっけなく返した。
「お前は誤解してるずら」
 小さく呟いたラリの眼鏡は、夕日を見事なまでに反射して、表情は全く見えなかった。
「まぁ、怒るのも無理はないけど」
 しん、とらしくもない沈黙が流れる。
 ほんの幼い子供の頃から、一人飄々としていたラリ。物わかりが良くて、しっかりしていて、商業区で道に迷った時も、ラリがいたから大丈夫だと思った。
 ―――なんて、懐かしい思い出だろう。
「……リアナは、聡いからさ」
 ジェフリーは相手の顔色を窺うのをやめて、街を見下ろした。真っ赤な街並みはサファイアの故郷の色に似ていた。
「お前のこと、気付いてたんだろ」
「たぶんな」
「わかってて、なんでそういうことになるかね」
 ジェフリーが呆れ声で言うと、ラリはくつくつ笑った。
「決着を付けたかったのかもしれない」
 自分の気持ちに。
 それから、自分の気持ちに気付いてしまった彼女にも、決着を与えたかった。
「中途半端は気に入らないずら」
「あ、そ」
 ジェフリーは気の抜けた声で返すと、うーん、と伸びをして、ごろんと後ろに倒れた。
 夕焼けから夜へと色を変えていく空を見上げる。
「お前も大概バカだな、ラリ」
「お前ほどじゃない」
 ラリが一瞬も置かずに言い返すと、どちらからともなく噴出して大笑いになった。



 子供の頃から一緒に育っただけに、今まで微妙なバランスを保って付き合ってきたところがあったのは、たぶんみんなわかっていた。
 今は、過渡期。少しずつバランスが動いて、また絶妙なところで止まる時がくるだろう。
 その頃にはきっと、全員大人になっているのだ。






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