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 やがて秋になり、サファイアがタンタラスに来てから一年が過ぎた。
 サファイアはまた一つ年を取り、最近すっかり大人びてきたせいで、たまにやって来た父親をひどく驚かせたりしていた。

 リンドブルムではいよいよ『十二夜』が初日を迎え、身軽で少年のようなサファイアに、ヴァイオラははまり役だと噂された。


 そして冬、タンタラス劇団は再びアレクサンドリアの地へ舞い戻ってきた。



***



 海岸、難破した船の残骸に混じって座り込むヴァイオラ。

ヴァイオラ「ああ、一体ここはどこの国なのかしら」

 近くに居た難破船の船長が答える。

船長「アレクサンドリアのようですな」

ヴァイオラ「アレクサンドリア……そんなところへ流されて、私はこれからどうしたらいいのかしら。お兄様は波に呑まれて、きっと今頃はクリスタルの元へ行ってしまったというのに。でも、もしかしたらお兄様も助かったかもしれないわ」

船長「そうですとも。運さえよければ、あなたのお兄さんもきっとご無事ですよ」

ヴァイオラ「ありがとうございます。あなたはこの国のことをご存知なのですか?」

船長「もちろんです。ここから三時間とかからないところで生まれましたから」

ヴァイオラ「この国は誰が治めておいでですの?」

船長「オーシーノ公爵です。大変立派な公爵様ですよ」

ヴァイオラ「その方のお名前は父から聞いたことがありますわ。――船長さん、お願いがあります。私は身分を隠すため、男の身なりをして、その方の小姓としてお仕えしたいと思うのです。どうか手助けしてくださいませんか? お礼はきちんと致しますわ」

船長「宜しいですとも」

 ヴァイオラは護身用の短剣を取り出す。

ヴァイオラ「これで髪を……」

 短剣を髪に当て、ばっさりと切り落とした。

ヴァイオラ「さあ、これでいいわ」



 そのシーンは、リンドブルムでも観客の度肝を抜いた。舞台上で髪を切るなど、珍しすぎる演出だったからだ。
 ただし、アレクサンドリアでは違った反応があった。その反応は、主にロイヤルシートの上で起こった。ガーネットがあの戦いの最中に、決心を固めた証に髪を切った時を髣髴とさせる演出だったからだ。



ヴァイオラ「私の主人オーシーノ殿下はあなたを心の底から愛しております。あなたがこの上なく美しい方であったとしても、あのような愛が報われないなどということが、かつてあったでしょうか?」

オリヴィア「あの方はわたくしをどんな風に愛しておいでなの?」

ヴァイオラ「深く崇拝し、あなたを想ってさめざめと涙を流し、雷鳴のような呻き声を上げ、火の溜め息を吐くほどです」

オリヴィア「あなたのご主人はわたくしの心をご存知よ――わたくしは、あの方を愛すことはできません。確かにあの方はご立派で、裕福で、お若くて、ご自由で、博識で勇敢で、体格にも恵まれていらっしゃるし、評判も良い方だと承知しています。でも、わたくしはあの方を愛することはできないの。もうずっと前からそうお返事申し上げているのよ」

ヴァイオラ「もし私があなたを私の主人のように烈火のごとく愛していて、このような耐え難い苦しみを与えられたとしたら、あなたが否定なさったとしても私には理解できないでしょうとも」

オリヴィア「もういいわ、ご主人のところへお帰りなさい。わたくしはあの方を愛することはできないのですから、そう伝えて頂戴」








公爵「同じ顔、同じ声、同じ癖、それなのに二人の人間、まるで自然の鏡だ。あり得ない事がここに存在している!」

セバスチャン「アントーニオ! 我が友よ! あなたを見失ってからというもの、僕は拷問にかけられているようだった!」

アントーニオ「あんたは本当にセバスチャン?」

セバスチャン「なんだって?」

アントーニオ「どうやって分身したんです? 瓜二つと言うけれど、これほどそっくりなものがあるだろうか? どちらがセバスチャンです?」

オリヴィア「なんて不思議なんでしょう!」

セバスチャン「僕がそこに立っているのかな? 男の兄弟はなかったはずだが、神でもあるまいし、そっちとこっちに僕が同時に現れるわけがない。妹が一人いたんだが、かわいそうに波に呑まれてしまった。お願いです。あなたは僕の親類ですか? お国は? お名前は? ご両親は?」

ヴァイオラ「生まれはリンドブルム。父はセバスチャンといい、兄もセバスチャンといって、今は海の底に眠っているはずです。幽霊が兄を装って私たちを脅かしているのでしょうか」

セバスチャン「まさに幽霊かもしれません。しかし、ほぼ生まれながらの姿でここにいるのです。もしあなたが他は何も違わずに女だったとしたら、あなたの頬に僕の涙を落として、こう言うんだが。『よく生きていてくれた、溺れたはずのヴァイオラ!』」




***



 その年の『十二夜』はこのアレクサンドリア公演で、無事幕を閉じた。
 あれだけ揉めた子供たちも、なんとか最後まで役を演じきることができた。
 ジェフリーとサファイアは双子の兄妹の役だったが、血の繋がりのない二人なのに、なぜか舞台に上がると良く似ていた。
 モノマネの得意なサファイアがジェフリーの仕草を真似ているせいもあったし、メイクや髪型を同じにしたせいもあった。しかし、近くで見ると全く似ていないので、それは「劇場艇マジック」と呼ばれた。
 とは言え、恋人と兄妹役というとんでもなく禁欲的な気分は、今日でさっぱりおさらばである。
 幕が上がってからずっとリアナに求愛し続けたラリも、公演中に歌のキーが二音も下がってしまったハリーも、今はほっとした表情になっていた。



 幕が下りた後、観客たちを見送るタンタラス劇団の元へガーネット女王一家が挨拶に来たとき、サファイアはまだ小姓の格好をしていた。
「そうしてると、本当に男の子みたいね」
 ガーネットが笑うと、サファイアも笑った。
 少し背が伸びて、少し大人っぽくなった末娘は、それでも笑えば子供の頃と同じ顔だった。
「サフィー、髪を伸ばした方がいいんじゃない?」
 エメラルドが提案する。
「可愛かったわよ、よく似合ってたわ」
「そうかな」
 サファイアは短い金髪をいつものクセで引っ張ってみせた。
「そういえば」
 傍で聞いていたリアナが、ふと思い出したように言った。
「今までジェフリーが好きになった子って、みんなロングヘアだったな」
 思わず目を剥いたサファイアの向こう隣で、「余計なこと言うなよ!」とジェフリーが悲痛な叫び声を上げたので、一団は大笑いになった。



***



道化「(歌) ずっと昔 この世界が始まったころから

    しとしとと 毎日雨が降っていた

    我々の幕ももう下りるところ

    さぁ、しばしのお別れです

    またお会いするその日まで」




-Fin-






キリ番22222Hitのキリリクでいただいていた、2世タンタラスの公演でした。
実は2年近く前にいただいていたリクエストでした・・・ごめんなさい、Kさん(^^;)
公演の作品は3つのリクエストの中から1つを選ばせていただいたのですが、
シェイクスピアの作品を扱ってみたかったのもあって、『十二夜』にさせていただきましたv
リアナとジェフリーで双子の役をやって欲しいとお思いなのかな、と思ったのですが、
作者の好みによりこういう配役になりました。すいませn(死)

本当はもっと本物のセリフの部分、舞台のシーンが長い予定だったのですが、
もしかしたら2世タンタラスはこれで書き納めかも、なんて思いながら書いていたら、
温存していた設定がボロボロ出てしまいました(苦笑)
リクエストでこんなんじゃ、びっくりしますよね(汗) ・・・時効ということでお許しをv(コラ

それともう一点、理由がありまして・・・あの・・・翻訳が大変で(苦笑)
著作権の問題で私が読んだ本のセリフを写すわけにもいかず、
英語の原文を引っ張ってきて、和訳して使いました。一部は本を参照させていただきましたが(笑)
(参考文献:岩波文庫『十二夜』 小津次郎訳)
いやぁ、シェイクスピアは私の手に追えない(苦笑)
シェイクスピアって初めてちゃんと読んだのですが、こういう喜劇の作品もあったのかと、
面白くてびっくりでした! すごく勉強になりました(笑)
あ、ちなみにここでは抜けちゃってますが、大人の団員たちが演じた(笑)喜劇部分もあります。
とても面白いので、是非一度お読みいただければv これを読んだだけでは内容がわからないので(^^;)

2005.12.19



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