Skyblueの瞳
見上げれば青い空。白い雲。 時は、遡ること十余年前。 飛空艇インビンシブルはガイアのマダイン・サリという村に向かっていた。 新星ガイア。その巨大な生命力のため、テラのものとならなかった星。 ……我がテラを脅かす憎き存在。 ガーランドは、忌々しそうな表情のまま、隣の「息子」たちを見た。 クジャ。初めて意思を持ったジェノム。 その偶然の産物に、ガーランドは賭けた。 このジェノムなら、もしかするとガイアを破滅させるだけの「力」を得られるかもしれない。 でも、哀しいかな。彼はジェノムであることを拒み、その意思は「親」への忠誠心と共に、自身の物でしか有り得なかった。 「力」の使い道を定められることを好まない、その意志。恐ろしく強く、ねじれ曲がった意志。 ガーランドは、その意志が暗雲をもたらすことを知っていた。 だから、彼には命の限りを与えたのだ。 ジタン。意図的に意思を持たせたジェノム。 クジャの時のような失敗を繰り返さないため、彼には「適応力」を備えさせた。 しかし、それが悪かったのか。彼は憎きガイアの人間に酷似した存在となった。 強い意志、生命力。自分の感情のまま、自分の意思に従って行動を起こすジェノム。 ガーランドは、その特性を憎み、そしてまた期待もした。 もっとも、魂の器となるべきジェノムたちは、基本的にガイアの人間たちに似せた造りにはなっていたのだ。 ガーランドは考えていた。 クジャが準備した世界を、彼は立派に受け継ぐだろう。 私がそのように教育するのだ、と。 だから、この重要な作戦に、まだ幼いジタンを連れてきたのだ。 召喚士たちが暮らすマダイン・サリ。召喚士はガイアの星の力を引き出す、巨大な力を持つ人間だ。 ガーランドは手始めに、彼らを根絶する作戦に出たのだ。 「クジャ、ジタン。よく見ておくがよい。この飛空挺の力を」 ガーランドは「息子」たちに語りかけた。 クジャはあの、悪意の籠もった目で「父親」を見て、嬉しそうに頷いた。 しかし、ジタンの目は強い意志の元、ガーランドを見なかった。 ガーランドは小さく舌打ちした。「厄介な」と、彼は思った。 酷い嵐だ。 雲の向こうに、召喚壁と幾棟かの家が並ぶ小さな村が見えてくる。 初めて見る、ガイアの村。 そして、ガイアの人間。 誰かがこちらを指差し、恐ろしく怯えた表情をした。 「あれは召喚士の一人だ、ジタン」 ガーランドはジタンの目の先を追って、言った。 この高さからでも、その人間の姿がよく見える。 暗い色の髪、瞳の色も同じような感じだ。最も、嵐の中、色まではわからない。 額の上の辺り、髪の毛を押し分けるように角が生えていた。 インビンシブルから光が発射し、その人間を撃ち抜いた。 彼は倒れ込み、二度と動かないようだった。 それと同時に、何人もの人間の叫び声が木霊した。 一人一人が何を言ったかはわからなかったが、村人たちが一斉に、蜘蛛の子のように散っていくのが見えた。 「どうだ。よい眺めであろう」 ガーランドは満足気に顎を撫でた。 「ええ、とても」 クジャは言い添えたが、ジタンは何も言わなかった。 表情は変わらず冷静に見えたが、幼い目に苦悶の色が浮かんでいた。 しかし、ガーランドのようなジェノムに、その色を理解することはできなかった。 インビンシブルは幾筋もの光を放った。その度に、人が何人も倒れ込んだ。 そして、彼らは二度と動かなかった。 その動かない人間の元へ違う人間が駆け寄ってきて、悲痛に耐えられないような顔で何か叫んでいた。 ジタンは恐かった。 あの人にとって、悲しく、取り返しのつかない事態なのだ。 そう、理解した。 胸が苦しくなった。 ガーランドは、ジェノムの子供であるジタンがそんなことを考えていようとは思わない。 「あの者は死んだのだ。命をこの飛空艇に吸われて。ほら、また」 ガーランドは光の筋の先を指し示した。 「ガーランド様」 氷のようなジェノムの声に、ガーランドは顔を上げた。 「召喚士たちは召喚壁へと逃れています。どうしますか」 「そうか、それは厄介だな。よし、今行く」 ガーランドは「息子」たちを振り返った。 「ここで様子を見ておれ」 ジタンは身動きせず、表情も変えずその様子を見ていた。 クジャは隣で嬉々としてその光景を見ていた。 いやだ。 ジタンは思った。 こんなこと、どうして……。 目を閉じかけた瞬間。 荒れ狂う海の端、ごく小さな船着場の小さな小さな小船の近くに、二人の人影が見えた。 一人の影は、大人のもの。もう一つは小さな子供のもの。 ―――自分と、同じくらいの子供の。 ジタンはごくりと唾を飲み込んだ。 あそこから、あの小船で脱出するつもりだ! 心臓が早鐘のように鳴り出した。 助けたい。心から思った。 でも、いつガーランドに見つかるとも限らない。どうすれば……。 幸い、クジャは召喚壁に逃げた人々に気を取られ、まだ気がついていない。 ジタンは気づかれないように祈りながら、その様子をじっと見つめた。 風の中、母親と思しき影に縋るのは小さな女の子だ。 その子は恐がって首を振っている。 確かに、この高波の中、小さな船で海へ出るのは危険そうだ。 でも、このままこの飛空挺の餌食にするのは忍びなかった。 頑張れ! ジタンは心の中で叫んだ。 女の子はやがて母親に肯くと、船へ乗り込む。母親は船と杭を結んでいたロープを断ち切った。 あっという間に、波に攫われた小船。暴風の中の枯葉のようだった。 ジタンの心臓は更に速く打つ。 助かるだろうか。 ぎゅっと拳を握り締めた。 「やったぞ!」 その時、クジャが突然大声を上げ、ジタンは飛び上がらんばかりに驚いた。 視線の先は、召喚壁だ。 ジタンは一先ず胸を撫で下ろし、そちらへ目をやる。 そして、あんなに速く打っていた心臓が一瞬止まった。 ガーランドはインビンシブルの目を開け、召喚壁の天井部分を破壊し、中の人々を残らず撃ってしまったのだ。 かつて生き生きと動き、笑い、跳ねていただろう人々は、全て人形のようになっていた。 ジタンの目に、再び苦悩の色が浮かぶ。 こんなこと、もういやだ。 彼ははっきりと思った。 チラッと、小船の方に目をやる。 女の子は母親にしがみつき、恐怖に震えていた。 母親の方は……。 ジタンは、二度とあの表情を忘れないだろうと思った。 その顔には、巨大な悲しみと苦しみ、不安の表情があった。 彼女は、必死に何かを探し、必死に何かに縋るような目をしていた。 ジタンは、そんな表情を今まで見たことがなかった。 もう、いやだ。 ジタンはもう一度思った。 はっきり、心に刻み込むように。 小船は波間を行きつ戻りつして、やがて彼方へと流れていった。 助かって―――。 彼は祈った。 インビンシブルは目標を達成し、故郷の星へと向かう。 しかし、その船にジタンの姿はなかった。 クジャはジタンという「弟」を憎んでいた。 ジタンが自分の代わりに世界を治める覇者となることに、薄々感づいていたのだ。 彼は、ガーランドが戻るまでの隙を狙って、奔る飛空艇の通風孔から「弟」を外へ投げた。 いつになく、ジタンは抵抗しなかった。 小さな体は空を舞い、地上へ落ちていった。 クジャは、この世の全ての憎悪をこめたような笑いを口元に浮かべただけだった。 *** 薪の爆ぜる音がする。 ジタンは目を覚ました。 小さな部屋。壁際の、壊れかけたベッドの上。 ここはどこだろう? 「お、目を覚ましたみたいだな」 目の前に突然人の姿を見て取り、ジタンはびくっと身構えた。 「大丈夫だよ」 自分の腕をつかんだのは、赤毛の髪を無造作に垂らし、優しい目をした少年だった。 「頭、痛くないか?」 彼は優しく尋ねた。 頭……? そっと触ってみると、包帯が巻いてある。 ジタンは首を横に振った。 「そっか。じゃぁ、どこか痛いところはないか?」 ジタンは再び同じように首を振った。 「俺は、ブランク。お前は?」 ジタンは息を潜め、じっと動かなかった。 「お前、喋れないのか?」 ブランクは顔を覗き込む。ジタンはますます体を壁に押し付けて首を振った。 そして、ごく小さな声で答えた。 「ジタン」 「ふ〜ん、ジタンか。よろしくな」 ブランクはニッコリ笑った。 「お前、どこから来たんだ?」 ブランクは更に問い掛ける。 どこ……? どこだったろう。 一瞬、彼の目に青い光が見えた。綺麗な、しかし冷たい色。何か恐ろしいものが胸を翳めた。 しかし、何も思い出せない。 「おい、小僧の目は覚めたか」 突然、大きな体の人間がズカズカと部屋へ入ってきた。 毛むくじゃらの巨体に驚き、ジタンは毛布をつかみ、壁にぴったりと張り付いた。 「うん。ジタンっていうんだってさ」 その巨人はベッドの傍らに座り、恐慌状態の少年の頭に大きな手を置いた。 「おい、坊主。それが命の恩人への態度か?」 「恐がってるよ、ボス」 ブランクが言った。 「人間てのはなぁ、外見より中身が大事なんだぞ、坊主。外見だけで人を判断するのは間抜けのすることだ。わかったか?」 にじり寄られ、ジタンはますます体を引いた。 ボス、と呼ばれた巨体の男は豪放な笑い声を上げた。ジタンは、もちろんますます……。 「わかったわかった。それじゃ、手短かにいくか。お前、どこから来た」 ジタンはぶんぶんと首を振った。 「ん? じゃぁ、親はいるか?」 親……? ジタンは、今度は小さく首を振った。 「ふむ。訳ありのようだな」 「なぁ、ボス。ここに置いてやろうよ」 ブランクが口を挟んだ。 「無駄飯食いが、余計な口出すんじゃねぇぞ、ブランク」 大きな拳がぶんっと唸ったが、ブランクはひょいっと避けた。 「何であの森にぶっ倒れてたんだ? 坊主」 ボスは更に尋ねる。 森……? 「親に見捨てられて置いてかれたんじゃねぇのか、バクー親分」 小柄な盗賊風の男がひょいっとドアから顔を出した。 「にしちゃぁ、随分体中引っ掻き傷だらけじゃねぇか」 「飛空艇から落ちたとでも言うのかよ。助かるわけねぇだろ」 「子供を侮るなかれ、だ。身が軽いし、枝の上に落ちれば運がよけりゃ助かるだろ」 「へぇ」 男は首を引っ込めて去っていった。 「どうだ坊主。何か覚えていることはあるか?」 バクーは尋ねた。 覚えていること……。 自分の名前。年齢。そして、あの青い光―――。 他には何もなかった。 ジタンは首を振った。 「そうか。こいつぁ困ったな。頭も打ったようだし、霧を吸い込んで記憶が飛んじまったのかもなぁ」 バクーは立ち上がった。 「なぁ、ボス。置いてやろうよぉ」 ブランクは更に言ったが、ボスはその頭を押さえつけた。 「ガキ一人置くのにいくら掛かると思ってるんだ、この無駄飯食いが」 「俺だってちゃんと働いてるんだぞ!」 「へ、猫の手を借りた方がましだろうよ」 ブランクは怒ったように両手を振り回したが、あの巨体でよくもと思う程俊敏な動きでそれをかわし、バクーは部屋を出て行った。 ブランクは扉を思いっきり蹴飛ばすと、またジタンのところへ戻ってきた。 そして、安心するようにとニッコリ笑った。 「ボスは恐い顔してるけど、本当は優しいんだぜ。きっとお前のことも置いてくれるさ」 そして、彼は問わず語りに自分のことを語りだした。 ブランクは、赤ん坊のとき、リンドブルムの裏通りに捨てられた。 暮らしにくくなった昨今、子供を捨てる親は珍しくないのだ。 凍えて死にそうだった赤ん坊を拾ってくれたのはボス、バクーだった。 表は有名演劇団、そして盗賊団という裏家業を持つ「タンタラス」に、彼は引き取られた。 「今年で七歳になった。ジタンは?」 ブランクは尋ねた。 「もうすぐ五歳」 「ふ〜ん。じゃ、二つ年下か。ここには俺よりちびの奴はいないから、お前が入ったらお前が一番ちびになるな」 ブランクは嬉しそうに鼻の下をこすった。 弟ができたようで嬉しいのだろう。 「あ、そうだ。お前、腹減ってるか?」 ブランクは突然、思いついたように聞いた。 ジタンは少しためらって、首を振る。 それとは相反して、お腹の方は正直に「ぐぅ」と言った。 ブランクはケタケタと笑った。 「じゃ、何か持ってきてやるよ。あんまりたいした物残ってないと思うけど」 そう言うと、彼は身軽に部屋を出て行った。 ジタンはキョロキョロと部屋を見渡した。 何かとてつもなく恐いものが胸で痞えているような気がした。 でも、それが何なのかわからなかった。 ブランクは食堂からパンとスープを持ってきた。 彼の言い草では「くすねて」きたらしい。 「でもさ、お前運がよかったよな。ちょうど俺たちが通りかかったところに倒れてたんだぜ。もっと奥の方だったら誰も気づかないうちに死んじまったかもしんないもんな」 ブランクの話では、ちょうど盗賊団が森の中のダンジョンの帰り道に通った近くにジタンがぐったりと倒れており、それを発見して飛空艇まで運んでくれたのだ、ということだった。 ジタンが彼の「くすねて」きた食事にありついている間、ブランクはその話を聞かせてくれた。 「でも、もし本当に飛空艇から落ちたんだったらマジで運がよかったんだな、ジタン。運がいい奴は盗賊に向いてるんだぜ?」 ブランクはにっと笑いながらジタンの顔を覗き込んだ。 空の色に似た瞳の色は、神秘的で(もっともブランクはこの言葉を知らなかったが)、あまり見ない色だった。 しかし、そんなことはブランクの気にも留まらないことだった。 年下の少年の、淋しげな瞳の方が気になった。 こいつは、俺と同じで淋しい奴なんだ。 ブランクは本能でそう感じた。 「タンタラスに入れよ、ジタン。一緒に大陸中を旅しようぜ?」 やがて、ジタンはそこいらの子供と同じような、明るいすばしっこい少年になった。 笑顔も見せるようになり、減らず口も叩くようになった。 ブランクとジタンはいつも一緒で、ジタンの知らないことを兄貴然として教えてやるブランクの姿は微笑ましいものだった。 バクーはジタンを引き取って育てることにした。 あの、誰も映さないような哀しい瞳が、ちゃんと真実を捉えられるように、と。 バクーは同じような目をした子供を数多く知っていたから。 生まれ故郷に空の色はなかった。 でも、少年にとってこの色は故郷の色なのだ。 この星が、彼にとっての「帰るべきところ」なのだから。 そして―――。 「ジタン!」 名を呼ばれ、少年は振り向いた。 その、空色の瞳の先には、黒髪の愛らしい少女が立っていた。 少年は呟いた。 今度こそ、この手で彼女を守る、と。 -Fin- はい、というわけで年代合ってません。 でも、マダイン・サリ滅亡のとき、ジタン見てたんじゃないかと言うのがせい説で(何) この話がせいのFF9処女作です。駄作ですね。 2002.9.6 |