<5> 「故郷を探す」 タンタラス卒業生の一人に旅の資金を借りに行き、ジタンは彼女にそう言ってリンドブルムを飛び出していった。 もしかしたら、もう帰るつもりはないのかも知れない。 いや、つもりがあっても無事に帰ってくる保証はない。 一人きりになってしまった部屋のベッドに寝転んで、いつもなら上の段から聞こえてくるはずの寝息が聞こえなくて。 何がいけなかったのか、結局わからなかった。 何も出来なかった。 ジタンは、何かを一人で抱え込んで苦しんでいたのだろうか? 突然、故郷を探す、なんて…… 故郷…… ブランクは、ガバっと起き上がった。 ―――まさか、俺の親がどこにいるかわかったことが原因か? いや、それより前から避けられていたから、だから、それが原因ではないかも知れないけれど……。 でも。 もしそうだとしたら。 ブランクは唇を噛み締めた。 ―――絶対、会うものか。 捨てただけじゃまだ足りない、親になんか。 「傷を舐め合って生きるなんて真似、するんじゃねぇど」 バクーは、子供たちによくそう言い聞かせていた。 「自分が可哀想だとも思うんじゃねぇ。バカにされたくなきゃ、人より努力して生きるこった」 子供の頃、戦争で親を亡くした彼の言葉は、親に捨てられて生きている彼らには重く響いた。 だから、お互いを同情するなんてこともしたことはなかったし、慰め合うなんてこともしなかった。 その分相手の傷に疎くなったとは思わない。ちゃんと、わかり合えていたと思う。 ―――でも、自分のことで精一杯になって、ジタンの気持ちを考えられなかったことも事実だ。 なんて浅はかだったのだろう。あいつは、自分の思ったことをすんなり口に出す奴じゃない。 負の感情なんて、絶対人に気取られないようにする奴だ。 ……ちゃんと、わかってたのに。 今から追っても間に合うだろうか? 一人でなんて、行かせられない。 布団を剥いで床に降り立つ。 扉を開け放って部屋を飛び出そうとして。 ―――廊下に黒い人影が立っているのに気付いた。 「どこへ行く?」 「……ボス」 「ジタンを追っかける気か」 ブランクは俯いて黙り込んだ。 「アホが」 「だって……!」 「おめぇのせいでジタンが出て行ったとでも言いたいのか?」 ぐっと詰まるブランク。 「だとしても、追っかけることは許さねぇ。あいつは一人で出て行ったんだからな」 「でも……」 「第一、おめぇが行ったところでこじれるだけだろうが。散々シカトこかれといてよ」 ……そうだった。 自分は、避けられていたのだ。 ジタンが逃げ出した相手は、俺―――だったんだ。 「どうしても後追っかけて出て行くってんなら、タンタラスの掟は守ってもらうど」 バクーはぶっきら棒にそう告げる。 ブランクは顔を上げた。 ぎゅっと、拳を握り締める。 ―――ボスに勝てるわけがない、今の自分では。 つまり、追う資格はない、ということだ。 「おめぇが責任感じるこったねぇだろうが。あいつは故郷を探しに行ったんだからよ」 バクーはポンポンとブランクの頭を叩き、「さっさと寝やがれ」と部屋へ戻っていった。 それは彼なりの愛情表現であり、慰めだったけれど。 何も出来ないこの状況は、ひどく苦しいものだった。 ブランクは項垂れたまま部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。 月が嘲笑うかのように輝いていた。 |