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 「故郷を探す」

 タンタラス卒業生の一人に旅の資金を借りに行き、ジタンは彼女にそう言ってリンドブルムを飛び出していった。
 もしかしたら、もう帰るつもりはないのかも知れない。
 いや、つもりがあっても無事に帰ってくる保証はない。
 一人きりになってしまった部屋のベッドに寝転んで、いつもなら上の段から聞こえてくるはずの寝息が聞こえなくて。
 何がいけなかったのか、結局わからなかった。
 何も出来なかった。
 ジタンは、何かを一人で抱え込んで苦しんでいたのだろうか?
 突然、故郷を探す、なんて……
 故郷……
 ブランクは、ガバっと起き上がった。

 ―――まさか、俺の親がどこにいるかわかったことが原因か?

 いや、それより前から避けられていたから、だから、それが原因ではないかも知れないけれど……。
 でも。
 もしそうだとしたら。
 ブランクは唇を噛み締めた。
 ―――絶対、会うものか。
 捨てただけじゃまだ足りない、親になんか。


「傷を舐め合って生きるなんて真似、するんじゃねぇど」
 バクーは、子供たちによくそう言い聞かせていた。
「自分が可哀想だとも思うんじゃねぇ。バカにされたくなきゃ、人より努力して生きるこった」
 子供の頃、戦争で親を亡くした彼の言葉は、親に捨てられて生きている彼らには重く響いた。
 だから、お互いを同情するなんてこともしたことはなかったし、慰め合うなんてこともしなかった。
 その分相手の傷に疎くなったとは思わない。ちゃんと、わかり合えていたと思う。

 ―――でも、自分のことで精一杯になって、ジタンの気持ちを考えられなかったことも事実だ。


 なんて浅はかだったのだろう。あいつは、自分の思ったことをすんなり口に出す奴じゃない。
 負の感情なんて、絶対人に気取られないようにする奴だ。
 ……ちゃんと、わかってたのに。


 今から追っても間に合うだろうか? 一人でなんて、行かせられない。



 布団を剥いで床に降り立つ。
 扉を開け放って部屋を飛び出そうとして。
 ―――廊下に黒い人影が立っているのに気付いた。
「どこへ行く?」
「……ボス」
「ジタンを追っかける気か」
 ブランクは俯いて黙り込んだ。
「アホが」
「だって……!」
「おめぇのせいでジタンが出て行ったとでも言いたいのか?」
 ぐっと詰まるブランク。
「だとしても、追っかけることは許さねぇ。あいつは一人で出て行ったんだからな」
「でも……」
「第一、おめぇが行ったところでこじれるだけだろうが。散々シカトこかれといてよ」

 ……そうだった。
 自分は、避けられていたのだ。
 ジタンが逃げ出した相手は、俺―――だったんだ。

「どうしても後追っかけて出て行くってんなら、タンタラスの掟は守ってもらうど」
 バクーはぶっきら棒にそう告げる。
 ブランクは顔を上げた。
 ぎゅっと、拳を握り締める。

 ―――ボスに勝てるわけがない、今の自分では。

 つまり、追う資格はない、ということだ。
「おめぇが責任感じるこったねぇだろうが。あいつは故郷を探しに行ったんだからよ」
 バクーはポンポンとブランクの頭を叩き、「さっさと寝やがれ」と部屋へ戻っていった。
 それは彼なりの愛情表現であり、慰めだったけれど。
 何も出来ないこの状況は、ひどく苦しいものだった。
 ブランクは項垂れたまま部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。


 月が嘲笑うかのように輝いていた。






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