<2> 「まだ怒っておるのか」 「完全にバカにしてる!」 「しておらんと言うておるに。まったく。おぬし、男のくせに癇癪持ちじゃな」 「うるさい!」 「しかも、根に持つときておる。まったく面倒な性格じゃの」 「―――うるさいっ!」 アレクサンドリアの街を後にし、二人はトレノへ向かった。 全行程歩きという恐ろしい旅程。 しかし、どのみち捜し物をするのなら隈無く行くのが近道だ。 ジタンは足元の草を踏み散らかしながらずんずんと歩いていく。 その後から、軽い足取りのフライヤがほとんど音も立てずに歩いていた。 「ねぇ、フライヤってさ。どこの種族?」 「私か? ネズミ族じゃが」 「ふ―――ん。まんまだな」 「煩い」 ジタンは振り向いた。 「シッポ生えてるな、フライヤも」 「それはネズミ族じゃからな、当たり前じゃ」 「―――オレのシッポって、なんだと思う?」 「飾りではないのか?」 目の前をフラフラ泳いでいるシッポを掴んでぐいっと引っ張る。 ジタンはぴょんっと飛び上がった。 「痛いって!」 「ほぉ、しっかり生えておるのじゃな。変わった尻尾じゃの」 立ち止まってぷぅっと膨れたジタンをさっさと追い抜き、フライヤは 「まるで猿のようじゃな」 と言ってみた。 しばらく歩いてから振り向くと、さっきのところでまだ立ち止まっているジタンが見えた。すっかり腹を立てているらしい。 「―――ふぅ、まったく。とんだ道連れじゃ。ついからかって遊んでしまうのう」 フライヤは忍び笑いしてから大声で 「早う来ぬか!」 と叫んだ。 「……まだ怒っておるのか」 日も暮れてきたので、そろそろ野宿の支度でもするかと立ち止まったフライヤは、テントをたてながら尋ねた。 そろそろうんざりした声色だ。 「―――」 少年は無言。けたたましいかと思うと急に黙り込んだりする。 しかし、ここまで黙りを決め込まれるとさすがに気味が悪い。 「ほれ、おぬしも手伝わぬか。戦闘ではさっぱり役に立たぬのだから、こういう時ぐらい何かしようとは思わぬのか?」 ジタンは座り込んでいた切り株から腰を上げ、無言のままやって来た。 「わかったわかった、私が悪かった。ついからかったりして」 「―――」 不機嫌そうにふくれっ面をしている。 「もう言わぬ。じゃから、そろそろ機嫌を直してはくれぬか。こうも黙ったままではどうにもやりづらい」 「―――」 少年は屈み込んでテントの骨組みを拾ったが、握り締めたまま動かない。 「……今度は何じゃ?」 「―――何でもない」 「また泣いておるのか」 「泣いてない」 ―――子供じゃのう。 と言おうとして、フライヤは口を噤んだ。 ……十四、か。 五年前―――。そうじゃ、あの頃はフラットレイ様に追いつこうと必死じゃったな。 思うように行かなければ悔しくて、随分と泣いたものじゃ。 フライヤは少年の金色の頭をポンポンと叩いた。 「ほれ、水を汲みに行くぞ」 近くの木立の中にはかなり大きな湖水が広がっており、ついさっきまで不機嫌にしていたというのに、ジタンは歓声を上げると岸辺に屈み込んで水面に手を伸ばした。 「冷た―――っ! ほら!」 手で水を掬ってフライヤの方へ跳ね飛ばしてみせる。 「これ、やめぬか。水が濁る。飲み水にするのじゃからな」 しかし、聞いていたのかいないのか。ジタンは靴と靴下を脱いでズボンの裾を捲ると、バシャバシャと水の中へ入っていく。 「まったく、気違い沙汰じゃな。寒うないのか」 「うひゃ〜、すっげぇ冷たい!」 「当たり前じゃ」 肩を竦め、フライヤは水底の泥と混ざらないうちに手早く水を汲んだ。 ジタンはきゃぁきゃぁ騒ぎながら水の中を駆け回っている。 「呆れたのう。風邪をひくぞ」 「へ―――き! フライヤもおいでよ!」 「馬鹿を言うでない。私はおぬしのように阿呆ではないのでな」 「ひっで―――! よぉっし」 両手で水を掬うと、フライヤめがけて思い切り投げ飛ばす。フライヤはひょいっと避けて苦笑した。 「ほれ、暴れ回っておると足を取られて転―――」 「うわぁ!」 バシャン! 「―――ぶぞ。……遅かったか」 フライヤはうんざりと溜め息をついた。 「まったく、手が掛かるのう、おぬしは」 「う―――寒ぃ」 「当たり前じゃ」 焚き火をなるべく大きくしてから、フライヤはすっかり濡れたジタンの服を絞って枝に吊し、火の近くに立てて物干しにした。 当のジタンは毛布にくるまって震えている。 フライヤは仕方ないのう、と頭を二、三度振って、何か温かい飲み物でも、と立ち上がった。 カップに注いだ即席のスープを渡すと、殊の外嬉しそうに目を輝かせる。 「熱いから気を付けるのじゃぞ」 「ちぇ、子供扱いするなよ」 「この体裁でまだ申すか」 ジタンはえへへ、と笑ってから、ふうふういいながらカップの中身を飲み始めた。 フライヤはかなりげんなりとしてその様子を見届けた。 |