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「まだ怒っておるのか」
「完全にバカにしてる!」
「しておらんと言うておるに。まったく。おぬし、男のくせに癇癪持ちじゃな」
「うるさい!」
「しかも、根に持つときておる。まったく面倒な性格じゃの」
「―――うるさいっ!」
 アレクサンドリアの街を後にし、二人はトレノへ向かった。
 全行程歩きという恐ろしい旅程。
 しかし、どのみち捜し物をするのなら隈無く行くのが近道だ。
 ジタンは足元の草を踏み散らかしながらずんずんと歩いていく。
 その後から、軽い足取りのフライヤがほとんど音も立てずに歩いていた。
「ねぇ、フライヤってさ。どこの種族?」
「私か? ネズミ族じゃが」
「ふ―――ん。まんまだな」
「煩い」
 ジタンは振り向いた。
「シッポ生えてるな、フライヤも」
「それはネズミ族じゃからな、当たり前じゃ」
「―――オレのシッポって、なんだと思う?」
「飾りではないのか?」
 目の前をフラフラ泳いでいるシッポを掴んでぐいっと引っ張る。
 ジタンはぴょんっと飛び上がった。
「痛いって!」
「ほぉ、しっかり生えておるのじゃな。変わった尻尾じゃの」
 立ち止まってぷぅっと膨れたジタンをさっさと追い抜き、フライヤは
「まるで猿のようじゃな」
 と言ってみた。
 しばらく歩いてから振り向くと、さっきのところでまだ立ち止まっているジタンが見えた。すっかり腹を立てているらしい。
「―――ふぅ、まったく。とんだ道連れじゃ。ついからかって遊んでしまうのう」
 フライヤは忍び笑いしてから大声で
「早う来ぬか!」
 と叫んだ。


「……まだ怒っておるのか」
 日も暮れてきたので、そろそろ野宿の支度でもするかと立ち止まったフライヤは、テントをたてながら尋ねた。
 そろそろうんざりした声色だ。
「―――」
 少年は無言。けたたましいかと思うと急に黙り込んだりする。
 しかし、ここまで黙りを決め込まれるとさすがに気味が悪い。
「ほれ、おぬしも手伝わぬか。戦闘ではさっぱり役に立たぬのだから、こういう時ぐらい何かしようとは思わぬのか?」
 ジタンは座り込んでいた切り株から腰を上げ、無言のままやって来た。
「わかったわかった、私が悪かった。ついからかったりして」
「―――」
 不機嫌そうにふくれっ面をしている。
「もう言わぬ。じゃから、そろそろ機嫌を直してはくれぬか。こうも黙ったままではどうにもやりづらい」
「―――」
 少年は屈み込んでテントの骨組みを拾ったが、握り締めたまま動かない。
「……今度は何じゃ?」
「―――何でもない」
「また泣いておるのか」
「泣いてない」
 ―――子供じゃのう。
 と言おうとして、フライヤは口を噤んだ。
 ……十四、か。
 五年前―――。そうじゃ、あの頃はフラットレイ様に追いつこうと必死じゃったな。
 思うように行かなければ悔しくて、随分と泣いたものじゃ。
 フライヤは少年の金色の頭をポンポンと叩いた。
「ほれ、水を汲みに行くぞ」


 近くの木立の中にはかなり大きな湖水が広がっており、ついさっきまで不機嫌にしていたというのに、ジタンは歓声を上げると岸辺に屈み込んで水面に手を伸ばした。
「冷た―――っ! ほら!」
 手で水を掬ってフライヤの方へ跳ね飛ばしてみせる。
「これ、やめぬか。水が濁る。飲み水にするのじゃからな」
 しかし、聞いていたのかいないのか。ジタンは靴と靴下を脱いでズボンの裾を捲ると、バシャバシャと水の中へ入っていく。
「まったく、気違い沙汰じゃな。寒うないのか」
「うひゃ〜、すっげぇ冷たい!」
「当たり前じゃ」
 肩を竦め、フライヤは水底の泥と混ざらないうちに手早く水を汲んだ。
 ジタンはきゃぁきゃぁ騒ぎながら水の中を駆け回っている。
「呆れたのう。風邪をひくぞ」
「へ―――き! フライヤもおいでよ!」
「馬鹿を言うでない。私はおぬしのように阿呆ではないのでな」
「ひっで―――! よぉっし」
 両手で水を掬うと、フライヤめがけて思い切り投げ飛ばす。フライヤはひょいっと避けて苦笑した。
「ほれ、暴れ回っておると足を取られて転―――」
「うわぁ!」
 バシャン!
「―――ぶぞ。……遅かったか」
 フライヤはうんざりと溜め息をついた。


「まったく、手が掛かるのう、おぬしは」
「う―――寒ぃ」
「当たり前じゃ」
 焚き火をなるべく大きくしてから、フライヤはすっかり濡れたジタンの服を絞って枝に吊し、火の近くに立てて物干しにした。
 当のジタンは毛布にくるまって震えている。
 フライヤは仕方ないのう、と頭を二、三度振って、何か温かい飲み物でも、と立ち上がった。
 カップに注いだ即席のスープを渡すと、殊の外嬉しそうに目を輝かせる。
「熱いから気を付けるのじゃぞ」
「ちぇ、子供扱いするなよ」
「この体裁でまだ申すか」
 ジタンはえへへ、と笑ってから、ふうふういいながらカップの中身を飲み始めた。
 フライヤはかなりげんなりとしてその様子を見届けた。






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