<4>




「待つのじゃ、ジタン。ほれ、襟の紐が縦結びになっておるぞ」
「そんなのどっちだっていいじゃん!」
「よくない。見るのは私じゃからな、どうにも落ち着かぬ」
 問答無用回れ右させて、フライヤは持っていた槍を肩に立て掛けてからリボンを解いた。
「まったく、蝶々結びもろくに出来んのか」
「いいじゃん、そんなのどっちだって―――なんか、フライヤってお母さんみたい」
「失礼じゃな。せめてお姉さんと言って欲しい」
 ジタンはゲラゲラ笑い出した。
「ほれ、動くな。―――うむ、よし。これでよいじゃろう。……それにしても、おぬしはよう見ると変わった格好をしておるな。何じゃこのひらひらは」
 と、襟から垂らした白いレースの飾りを軽く引っ張る。
「これ? これね、罰ゲームでブランクとルビィに付けられたんだけど。女の子の受けがよかったからそのまま付けてるの」
「ほう。私はてっきりよだれ掛けかと思うたがの」
「違うってば!」
 ジタンは頬を膨らませた。
「ほれ、行くぞ」
 フライヤは少し笑うと、そのまま放って歩き出した。


 アレクサンドリア高原からベンティーニ高原へと入るのに、通常の日程の倍はかかった。
 と言うのも、途中で何度か山の上まで登って海を眺めたせいだった。
 その度にがっかりして首を振る少年を、フライヤは不憫に思っていた。
「この先に岬があるが、行ってみるか?」
「岬って、あれ?」
 ジタンは山の尾根から見える、霧に紛れた海を指さした。
「おお、そうじゃな。ちょうどあの方角じゃ」
 フライヤが頷くと、ジタンは首を振った。
「―――なら、いい。だって、あんな色じゃなかった。……もっと冷たい色だった」
「それで、もっと怖い色なのじゃろう?」
「―――うん」
 フライヤは項垂れた少年の肩を叩くと、山の斜面を下り始めた。
「もうすぐトレノじゃ。久方ぶりにゆっくり休めるのう」
 努めて明るい声で言った。


 やがて、フライヤはふと立ち止まった。
 平野に出て少し進んだところ。何かの気配を察知する。
「どうしたの?」
 ジタンがきょとんとした目で見る。
「戦闘のようじゃ。剣を抜け」
「え?」
 ジタンが声を上げた瞬間、フライヤはぱっと飛び上がった。
 見上げると、遙か上空まで飛び上がっていくのが見える。
「うっわ―――すげぇ」
 ギション。
 音がして、振り向くと。
 ぎょっとするほど大きな蜘蛛型のモンスターが迫っていた。
 ジタンは慌てて腰に差した短剣を抜く。
 狩猟祭でファングと戦ったりした経験はあるけれど、こんなに大きなモンスターは初めてかも……。
 ごくり、と唾を飲み込んだ。
 見れば見るほど気味の悪い風体。
「フライヤ絶対ずるい―――」
 ジタンは半泣きになって呟いた。
 と、その時。ついに相手が動きを見せる。長い触手を伸ばし、ジタンに狙いを定めたようだ。
 ――――恐い!
「とんずら!」
「こら」
 バシュン、と音がして断末魔の叫びが聞こえ、思わずぎゅっと目を瞑っていたジタンが目を開けると、フライヤが何事もなかった顔で立っていた。
「まったく。おぬしは逃げることしか能がないのか」
「―――うん」
 ジタンはこくりと頷いた。
「呆れた奴じゃのう―――それでよくここまで持ちこたえたものじゃ。一体どれくらい旅してきたのじゃ?」
「えっと……一年ちょっとかな」
「ほぅ、悪運だけは強いようじゃな」
「へへ、運だったら自信ある」
「―――おぬし、まったくに生まれながらの盗賊じゃな」
 フライヤは笑った。
「しかし……一年も探してまだ見つからぬとは。おぬしの故郷もとんだ隠れ好きよのう」
「フライヤの恋人ほどじゃないよ」
 ジタンは肩を竦めて悪戯っぽく笑った。
 あんまり無邪気に笑うので、フライヤは苦言を呈そうとして、やめた。


 その日の夕刻―――と言っても、トレノに昼はないが―――、二人はトレノの街に辿り着いた。






BACK      NEXT      Novels      TOP