<5>




「すっげ―――! でっかいお屋敷だな。きっとお宝がたんまり……」
「これ。私を賊に仕立てるつもりか」
 フライヤは目を輝かせた少年の頭を小突いた。
 しかし、聞いているわけもない。
「ほら、あっちの家、一番でかいな」
「キング家、と書いてある。恐らく街一番の長者じゃろう」
「へ―――! オレ、ちょっと見てくる!」
「待たぬか! ……まったく。糸の切れた凧のようじゃ」
 フライヤは溜め息をつくと、ジタンが走り去った先を注意深く見つめた。
 あっと言う間に石段を駆け上がり、屋敷の前で立ち止まると。
 門番らしき赤い髪の大柄な男に「ガキが何の用だ」とばかりにギロリと睨まれ、踵を返し、走って戻ってくるようだ。
 フライヤは忍び笑いを漏らした。
 安心して、目の前の扉を押して中へ入る。店番の老女が顔を上げた。
「いらっしゃい」
「品を見せていただけるか」
「もちろんですとも。何に致しましょうか?」
「そうじゃな……私は槍しか使わぬので―――」
 バタン!
「あ―――恐かった」
 ジタンが駆け込んできた。
「なんであんなおっかない奴が見張りやってるんだ?」
「キングさんのところかい? あそこは最近、腕の立つ流浪人を何人か雇い入れたらしいね」
 と、店屋の老女。
「ほぅ……フラットレイ、という名を聞かぬか?」
「さぁ―――。そういう名前の人は、とんと聞いたことがないけど」
 老女は首を振った。
「―――左様か。残念じゃのう」
 フライヤは小さく息をつくと、商品を見回した。
「槍は置いておらぬのか?」
「生憎だけど、切れちまってるよ」
「では、鎧を見せてもらおうか」
「はいはい」
 フライヤはあれやこれや見定め、最終的にリネンキュラッサを買い求めた。
 暇で仕方のなかったジタンは、足元の金網を叩いて、地下に飼われているモンスターをからかって遊んでいた。
「さて、私はこれから情報収集に参るが、おぬしはどうする?」
 フライヤは店を出たところで、ジタンに尋ねた。
「じゃ、オレも適当に街を回ってくる」
「―――くれぐれも困ったことをしてくれるでないぞ」
「あ〜、はいはい」
 と、かなり不安な返事を残し、ジタンは走り去っていった。
 フライヤはその背中を目で追った後、中心街の方へと戻っていった。


 半日ほど街を歩いてフラットレイのことを聞いて回ったが、やはり何も手がかりはなかった。
 ついでに「青い光」のことも聞いてみたが、やはり右に同じだった。
 フライヤは溜め息をついた。
 ……一体いつまで続けるのだろう。
 宿屋に戻る途中、ジタンが二人の少女に話し掛けているところに出くわした。
「何をやっておるのじゃ、あやつは」
 少し近づくと、会話の内容が聞こえる。
「……でさ、それをオレが仕留めたんだぜ!」
「へ〜、すごい〜」
「だろう?」
 と、拳で胸を叩く。
「……いい気なもんじゃのう」
 フライヤは一人呟いた。
「あ、ところでさ。フラットレイって人、知ってる?」
 ―――!
「フラットレイ? 誰、それ」
「知らないかぁ……ネズミ族の竜騎士なんだけど」
「知らな〜い、ねぇ?」
「うん」
 と、二人の少女は頷く。
「そっか〜、ま、いいや。じゃあさ、今度オレとデートしようぜ!」
「え―――、デートぉ? どうしようかな〜」
 フライヤはつかつかと歩み寄り、襟首をつまみ上げた。
「何をしておる」
「へ?」
 ジタンは首を竦めて振り向いた。
「げげ、フライヤ……」
「遊んでおる暇はないぞ。故郷の情報は掴めたのか?」
 ジタンは口を尖らせた。
「いいじゃんそんなの、どうでも」
「よくないであろう」
 二人の少女は空気を察知して足早に去っていった。
「あ、行っちゃった。―――ちぇ」
「まったく。困ったことをするなと申したのに」
「困ったことなんてしてないぜ」
 ジタンは悪戯そうに笑うと、フライヤの手からするりと逃げた。
「これ、どこへ行くか」
「フライヤはどこに行くの?」
「私はもう宿屋へ行って休む。疲れたのでな」
「何かいい情報あった?」
「―――いや、駄目じゃった」
 フライヤは力なく首を振った。
「ふぅん、そっか。でも、きっとそのうち見つかるさ」
 ジタンは無邪気に笑って言った。
「―――おぬしは、私のことなど気にせず自分のことを聞いて回ればよかろう」
 フライヤは目を逸らしてそう言った。
「……? 聞いてたの?」
「まあな」
「だって、二人で聞いた方が早いだろ?」
「―――余計なお世話じゃ。おぬしに同情される必要はない」
「何だよ、それ」
 ジタンは頬を膨らませた。
「おぬしはおぬしのことをしておればよい、ということじゃ。私は情けを買うのは好かぬのでな」
 フライヤは突き放したような口調で言うと、身を翻して宿屋へ向かっていった。
 ジタンは頭の後ろに手を組んだまま、それを見つめて首を傾げた。
「オレ、何かした?」



***



 ちらほらと舞う白い雪。
 フライヤは窓を開けたまま見つめていた。
 この雪の中、あの方はどこにおられるのか―――。
 それとも、やはり既にどこかで……。
 否。この目で確かめるまでは、信じることなど出来ぬ。
 冷たい風が吹き込んで、部屋はすっかり冷え切っていた。
 しかし、そんなことにも構わず、フライヤは暗い部屋の中で一人、窓枠にもたれるようにしてずっと佇んでいた。


 廊下が俄に騒がしい。
 足音はフライヤの部屋の前で止まった。
「―――フライヤ」
 彼女は黙して答えなかった。
「……寝ちゃったのかな」
 ドアノブに手を伸ばして回そうとする音がする。
 ―――無駄じゃ。鍵が掛かっておる。
 フライヤは心の中で呟いた。
 すると、諦めたのか今度は扉に背中を押し当てて、ズリズリと座り込む音がする。
 フライヤは振り向いた。
 ―――何を考えておるか?
 座り込みなどして、何か用かのう?
 フライヤはようやく窓を離れると、掛かった鍵を開けて扉を開いた。
 と。寄り掛かっていたつっかえが突然なくなって、ジタンは思いっきり後ろに倒れ込んだ。
「うわぁ!」
「―――阿呆」
「いきなり開けるからだろ!」
 ジタンはぴょんっと起き上がった。
「なんだ、フライヤ起きてたのか。……てか、寒い!」
 廊下に吹き出してきた冷たい風に首を竦める。
「おお、窓を開けておいたので、少し寒うなってしもうての」
「少しじゃないよ、これ!」
 ジタンは自分の腕を抱え込んで大袈裟に震えて見せた。そして、まだ開いたままだった窓を閉めに走った。
「―――ところで。何か用か?」
 フライヤに問い掛けられ、ジタンは振り向いた。
「え? あ―――うんん。用はないんだけど……」
「では、なんじゃ」
「えっと――――あのさ。フライヤなんか怒ってる?」
 ジタンは上目遣いにフライヤを見つめた。
「? 怒ってなどおらぬが」
「本当?」
 フライヤはあることに思い当たって顔を顰めた。
「―――さっきのことか。すまなかったの。ちと、虫の居所が悪かったのじゃ。おぬしが私に気を使うてくれるのは、有り難いと思うておる」
「本当に?」
 不安げな青い瞳がじっとフライヤを見つめる。
 フライヤは短く溜め息をついた。
「本当じゃ。しかし、おぬしは自分のことがあるじゃろう。そっちはどうなっておるのじゃ?」
「一応は―――やってるけど」
「して、どうなのじゃ」
「ダメだったよ、そりゃ。だって、フライヤと違ってオレの探しものは名前もわからないんだもん」
「……そうか」
「それにさ、『さっきも同じこと聞いた人がいた』って言われたんだ。フライヤだって自分のことがあるのに、オレのも聞いて回っただろ」
「―――それは事のついでじゃ」
 ジタンは俯いて黙り込んだ。
「なんじゃ」
「……オレってそんなにガキっぽい?」
「どこをどう見ても子供じゃの」
「全然頼りない?」
「―――おぬしに頼るほど私は困っておらぬ」
 ジタンはキッと顔を上げた。
「じゃ、誰なら頼るの?」
「私は誰にも頼らぬ―――フラットレイ様以外の、誰にもじゃ」
 怒ったように上がっていた肩が下がる。ジタンは溜め息をついた。
「大事な人なんだな」
「そうじゃの」
「―――きっと、見つかるよ」
「そうじゃな」
 フライヤはランプを点けると、椅子に座り、テーブルに頬杖をついた。
「明日もう一日この街で尋ねてみようと思うが、それでも駄目じゃったら明後日はまた移動しようかと思うておる―――どうじゃ?」
「今度はどこに行くの?」
「鉄馬車のアレクサンドリア駅じゃ。どうも、この街は性に合わぬ故、早めに引き上げようかと思うての」
「ベルクメアに乗るの!?」
 と、なぜか目を輝かせる少年。
「そうじゃが」
「じゃぁさ、山頂の駅でまんまるカステラ食べていい?」
 と、勢い込んで尋ねる。
「―――? まんまるカステラ?」
「南ゲートの名物なんだ! フライヤ食べたことないの?」
「……初めて聞いたが」
「え〜、ダメだよ! 山頂の駅に行ったら絶対食べなきゃ」
「そ、そうか?」
 すっかりペースに巻き込まれたフライヤは、喜び勇んでいるジタンに「わかった」と頷いて見せた。
 そのためジタンはすっかり嬉しくなって、次の日も騒ぎを引き起こさずにすんだ。


 翌々日、二人はアレクサンドリア駅のある南ゲートを目差して、トレノを発った。





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