<6>




 まさに、宛てのない旅だった。
 ほんの小さな手がかりを求め、幾日も幾日も野や山を駆け回った。
 街に辿り着けば、「鉄の尾、フラットレイ」の名を聞かぬかと、尋ねて回った。
 どうしたらこのように手がかりも残さずおれるのだろうか―――。
 フラットレイの行く先を示すものはほとんど残されていなかった。
 その足跡はぷっつりと途絶え、未だフライヤの前に道は見えなかった。
 ―――あるのは、暗闇だけだ。



「―――……ライヤ、フライヤ!」
 呼ばれて、目を開ける。
 金色に縁取られた青い目が一心に自分を見つめていた。
「なんじゃ」
「なんじゃ、じゃないよ。またうなされてた」
 フライヤは体を起こした。
「そうか―――すまぬの」
 ジタンは首を振った。
 こうして起こされるのももう何度目かになる。
 一人で旅路を踏んでいたときには、そこまでうなされていようとは考えてもいなかった。
「フラットレイって人のこと、心配してるんだろ?」
 ジタンは膝を抱えて蹲ると、おずおずと尋ねた。
「―――今更そんなに心配しても、致し方ないのじゃがな」
 フライヤは苦笑混じりに答えた。
「おぬしも心配されていようぞ。その、タンタラスとやらにな」
「……そうかなぁ」
「当たり前じゃ。昨日までそこにいた者が今日になったら突然いない。心配に決まっておろう」
「……」
 膝に顔を埋め、ジタンは小さく溜め息をついた。
「ねぇ、フライヤ」
「なんじゃ?」
「フライヤのお母さんって、どんな人?」
「母か? そうじゃな、あまりよくは覚えておらぬが―――」
「え?」
 ジタンは顔を上げた。
「なんで?」
「私が六つの時に病で亡くなったからの」
「―――ごめん」
 フライヤはにっこり笑った。
「何、気にすることはない。―――そうじゃのう。私の母は、気高くて慈しみ深い、優しい人じゃったな」
「……ふぅん。それで?」
「ん―――そうじゃな……。おお! よく、寝る前に本を読んでくれたものじゃった」
「どんな本?」
「絵本じゃな。昔話だとか、民話だとか、そういった類の」
「ふぅん……。それで、他には?」
「うむ。料理の得意な人で、よう手作りのおやつを作ってくれたのう」
 と、そこまで話してからふと、フライヤはジタンを見つめた。
「何故突然そのようなことを聞くのじゃ?」
「―――うん、ちょっと。お母さん、ってどんななのかな、って思って」
 はっとして、フライヤは押し黙った。
「えっとぉ……ルビィのお母さんはすっごい心配性で、でもいつも抱き締めて褒めてくれたって言ってた。ルビィが七歳の時に死んじゃったんだけどね。で、シナのお母さんは、フライパン叩いて朝起こしに来るんだって。でも、シナはお母さんのことあんまり好きじゃなかったって言ってたな。なんでだろう」
 ジタンは膝に乗せた手に顎を乗せて呟いた。
「オレのお母さんって、どんな人だったのかな……」
 フライヤは何も言えなかった。
 この少年の追い求めているのは故郷などではなく。やはり帰るべき「人」なのだ。
 しかし―――。
「のう、ジタン」
「ん?」
「おぬしの故郷のことじゃがな」
「うん」
「これだけ探して何の手がかりもないのじゃ。もしかしたら、今はもうないのかも知れぬ」
「―――うん」
 特に気落ちした風もなく、ジタンは素直に頷いた。
「オレも思ったよ。……でさ、本当にそうだとしたら、オレだけ逃がしてくれたのかなって思うんだよね、お母さんが。―――そうだったらいいのにな」
 フライヤは呆気に取られて、つい怒気を含んだ声で鋭く言った。
「おぬし、故郷がのうなっていたらいいと思うのか?」
「……そうじゃないよ」
 ジタンは俯いて首を振った。
「お母さんが、オレのこと愛してくれてたんだったらいいな、ってこと。生まれてきた意味がある気がするから」
 フライヤは驚いて目を見開いた。
「何を言うか、おぬし―――」
「ブランクもマーカスも、親に捨てられちゃったんだって。戦争続きの世の中で、貧乏で子供育てられないからって。オレも―――そうなのかな、全然覚えてないけど。あ、でもブランクだって赤ん坊の頃捨てられたって言ってたから、覚えてるわけないんだよな」
 と言って笑う。
「マーカスは捨てられた時のことまだ覚えてるんだって。その時までつないでた手をいきなり離されて、あの建物の扉を開けて一人で行けって言われたって。でも、食べる物も乏しかったから捨てられてもしょうがなかったんだってマーカスは言ってた。……それで、その建物って教会だったんだけど。居づらくなって、少ししたらそこを出て、裏通りに住みついたって言ってたな」
 指で弄んでいた自分の前髪をふっと払う。
「二人ともそんなこと気にもしてないって感じだから、もしかしたらどうってことないのかも知れないけど……。でも、親に望まれて生まれてきた方が、生まれてきた意味がある気がするんだ―――これって、変なのかな」
 じっと見つめられて、フライヤは息を詰めた。驚きのあまり声が出なかった。
「フライヤ?」
「あ、ああ、その―――」
 立てていた片方の足の膝に、頭を擡げて呟いた。
「親に望まれずに生まれてくる子などおらぬと、私は思うが―――」
「じゃ、なんで捨てるの?」
「―――深い訳があったのじゃろう」
 ジタンは小さく頷いた。
「……うん、確かに。でもさ、捨てられる方はどんなご大層な訳があっても同じだよな」
 と言ってから、ジタンは自分で自分の言葉に納得した。
「そうだよな。だから―――オレが捨てられた理由がなんだったって、オレが捨てられたことは同じかもな……」
 そう言ってから、再び膝に顔を埋めて、小声で呟いた。
「でも、知りたかったな、どんな人だったのか。オレのお母さん」
 それっきり、テントの中に静寂が訪れた。
 フライヤは眉を顰めてじっと黙り込んでいた。
 母への想い、郷愁、青い光―――。
 何と儚い故郷の思い出か。
 フライヤは立ち上がり、ジタンの傍まで行って屈み込んだ。
「―――また泣いておるのか」
 ジタンは答えなかった。
 フライヤは短い溜め息を一つついた。
「帰り着いても迎えてもらえぬやも知れぬのなら、そんなところ、故郷などではないじゃろうに」
 フライヤは低く呟く。
「ましてや、手がかりも何もないのなら、そこに帰り着くだけの労力も惜しいほどではないか?」
 ジタンは俯いたまま頭を振った。
「そこが、原点だから」
 心許ない小声で呟く。
「そこがオレの―――生まれた場所だから。知りたいんだ。どうしてオレが生まれて、どうして生きてるのか。どうして捨てられたのか……誰かがオレを愛してくれるのか」
「おぬしは愛されておるではないか」
 フライヤは金色の頭を撫でてやりながら、ゆっくりとそう言った。
「おぬしには、おぬしを育ててくれた人がおり、共に育った仲間がおるのであろう? そこにおぬしの生きる意味があるとは思わぬか? それに、きっとこの先―――おぬしが最も愛し、またおぬしを最も愛してくれる人と出会うことになろう。おぬしが生まれた意味は、そこでおぬしを待っておるのじゃ」
 ジタンはますます膝に顔を埋めて、呟いた。
「……そうかな」
「そうじゃ」
 溜め息をつくと、ジタンは顔を上げた。
「―――フライヤ」
「なんじゃ?」
「あのさ、抱き締めてくれる? ―――お母さんみたいに」
 フライヤは戸惑ったように眉を顰めた。
 ジタンはその様子を幾分楽しげな目をして見ながら、言葉を続ける。
「お母さんの抱き締め方って普通とは違うっていうから、どんななのかなって」
「―――甘えるでない」
 フライヤはやや厳つい声で言った。
「私とて、それほど母に抱かれた記憶もないのでな。生憎じゃが私では力不足じゃ」
「じゃ、恋人みたいに、でもいいぜ?」
 悪戯っぽい光を青い目に宿し、ジタンは言った。
「余計にお断りじゃ」
 フライヤはさっさと立ち上がると自分の寝袋に戻った。
「ちぇ」
 ジタンは口を尖らせたまま、ごろんと横になった。

 今日は赤い月の光が強かった。
 十六夜の月だ。





*****

え〜っと。フラジタ?(笑)・・・それを言うならジタフラにしてくれ、せめて(_ _;)
いえいえ、そういうつもりはまったくないので(笑)
あ〜、この二人だと何にも起きなくて安心v(ぉぃ)
必要以上にジタンが幼いのが気になりますが(^^;)
一応、ジタンとフライヤが昔旅を共にした話です。ゲーム開始2年位前ですね。
と思ったら、フライヤさん、再会時に「3年ぶりぐらいかの」っておっしゃってますが、
いろいろ計算して無理だったので、フライヤ姐さんのお間違いということにしときました(爆)
とりあえず、話はまだ続きます。でも、次回アップ分で終わりになるかもなぁ・・・それでも連載(苦笑)

途中、焔の旦那が友情出演(爆笑)してくださってますね〜。ありがたや(笑)
それから、さすがのフライヤも、よもやジタンが新聞の見出しに出てきたガーネット王女と
恋仲になろうとは思わなんだろう、この時点では(^m^)ププ
・・・一人楽しんじゃってる駄筆者一人(−−;)

2002.9.29





BACK      NEXT      Novels      TOP