<8> 翌朝。 いよいよリンドブルム地竜の門が見えてきたところでキャンプを張り、夜を明かした次の日のこと。 「どうしても行かぬのか?」 「―――うん」 明日から始まる狩猟祭には何としても間に合いたいフライヤは、頑固に動こうとしないジタンに頭を悩ませていた。 このまま別れて、果たして無事でいられるかどうか。 そんな心配を抱いたままでは、どうにも夢見が悪そうだ。 フライヤは一頻り頭を捻った挙句、ジタンをこの場に留まらせるいい手を思いついた。 ―――上手くゆけば、あるいはリンドブルムまで来るかも知れぬ。 フライヤは荷物からブルメシアの紋章の入った竜騎士の証、竜の勲章を取り出し、テントの奥の方にさりげなく置いた。 そして、 「では、私はあまり時間もないのでそろそろ参るが。おぬしはテントを片付けたら、どこへでも行くが良いぞ」 と言い置いた。 ―――上手くいくだろうか。 なぜそこまでこの少年を信用するのか、自分がわからなくもあった。 勲章は命よりも大事なものではなかったのか? 相手は盗賊の端くれではないのか? では、他に何か手があるか? ―――なぜ、そこまでこの少年に、家へ帰って欲しいと願うのか……。 フライヤは広い草原をずんずん歩いた。 ―――似ておるのかも知れん。フラットレイ様を捜す自分と、故郷を探すあの少年が。 否。ただの憐れみか。 フライヤは一度振り向いた。ジタンはこちらをじっと見ている。 「憐れに思われたと知っては、南瓜のように怒り出すかも知れんのう」 フライヤは笑みを漏らした。 *** 狩猟祭に参加してはみたものの、やはりフラットレイは現れなかった。 数日間リンドブルムの街を歩き回って手がかりを求めたが、得られるものは何もなかった。 ―――それこそ、得られるのは絶望のみだった。 エアキャブの劇場街駅でタンタラスのことを尋ねてみると、駅員はにっこり笑って道順を教えてくれた。 「駅を出て右、階段を下りて真っ直ぐ行った右手の、大きな時計が目印のラッキーカラー商会って建物が、彼らの家さ。タンタラスってのは劇団で、カラー商会は副業らしいけど」 どうやら盗賊というのは裏の顔で、表面上は劇団を装っているらしい。 フライヤは礼を言って駅を出た。 「いらっしゃいませ〜」 と、にっこり微笑んだ少女に何となく既視感を覚え、フライヤははて、と首を傾げた。 ―――ふむ。言っておった仲間の一人かのう。 フライヤは適当に、言われるがまま「ラッキーカラーの石」というのを買い求めてみた。 「あのぉ……」 少女はおずおずとフライヤに話しかける。 「なんじゃ?」 「お客さん、旅の人やろか?」 「そうじゃが」 「ちょっと、尋ねたいことがあるんやけど……」 フライヤはふむ、と頷いた。 「あの、金髪で青目で、サルみたいな尻尾の十四歳くらいの男の子、どこかで見掛けんかった?」 フライヤは片眉を上げた。 「ルビィ、バカだな。そんなこと聞いたってお客さん困るだけだろ?」 と、赤毛の少年が割り込んでくる。 「せやけどな、ブランク。もしかしたら、ってことがあるかと思うて」 フライヤの耳がぴく、っと動いたが、誰も気付かなかった。 ―――それでは、この少年が例の親友なのじゃな。 と思った途端、なぜか可笑しさが込み上げてきて、フライヤは思わず口元に笑みをこぼした。 「ほらぁ、笑ってるじゃん」 「―――せやけどぉ」 と、少女は頬を膨らませた。 「だいたいブランク、あんたが一番心配しとるやないの。こういう小さいところから、手がかりってもんは掴めるもんなんやで?」 「どうせ掴むんなら、後を追って捜しに出た方が早いだろ」 「そんなこと言うて、それやったら、何で行かへんかったの!?」 「しょうがねぇだろ、一人で何にも言わないで行っちまったんだから。―――避けられてたし」 「もう、あんたは意気地がないねん! あんたが一緒に行っとったら、みんなこんなに心配せんですんだのに!」 「あのなぁ! お前は何でもかんでも俺のせいに―――」 「コラ、やめんかおめぇらは」 と、大柄な男が仲裁に入った。 「だって、ボス!」 「せやかて、ボスぅ!」 と、同時に訴える。 「来るものは拒まず、去るものは追わず、って言ってな。あいつは出て行ったんだ、誰も追っかけるのは許さねぇど。―――おお、お客さん、すまねぇな。いつもはこんなことねぇんだが。こいつらちと、気が立っててな」 「ほぅ、何かあったのじゃな」 「うちの若いのが一人、何にも言わずに出て行っちまったもんでね。小せぇ頃から随分と仲良くやってたもんだから、こいつらも寂しいんだろう。な?」 と、二つの頭に手を乗せ、大柄な男は笑った。 二人は俯いて黙ったままだった。 ―――こういうところ、随分と似ておるのう。 血も繋がっておらんのに、不思議なことじゃ。 フライヤは心もち眉を顰めた。 「それは、心掛かりじゃな」 「もう一年以上になるしなぁ。どこかで生きててくれりゃいいんだが」 「生きてるに決まってるだろ!」 と、少年が真剣な表情で言った。 「ジタンが―――死ぬわけないっ!」 そう叫ぶと、身を翻してアジトを飛び出していった。 「ブランク!」 戸口のところまで走り寄って心配そうな顔をした少女は、溜め息をつくとまた戻ってきた。 「―――ボス、あんなこと言うて。ブランクはいつかジタンが帰って来るって信じとるんやからね」 「俺だって信じてるがよ」 と、彼らのボスは呟いた。 「あいつの帰る場所はここだ、ってな。ガキの頃から育ててやって、はい、さようならじゃ悲しいじゃねぇか」 そう言って、頭を振る。 「とは言え、生きていなけりゃどうしようもないがよ」 「ボス!」 フライヤは少女とボスを代わる代わる見て、顎に手を当てて考えた。 ここまで心配しておるのに。そして、その相手はすぐそこまで来ておるというのに。 しかし、いくらなんでも「ジタンならそこにおるぞ」とは言えぬじゃろう。 小さく、溜め息をついた。 ―――何としても、ここへ帰さねば。 「おお、すまねぇな、お客さんよ。すっかり引き留めちまったようで」 と、ボスの男は後ろ頭を掻いた。 「まぁ、気にしないでくれや。そいつもどっかで元気にしてやがるだろうさ」 彼はニッカリと笑って、「毎度」とお辞儀した。 なるほど、幾分芝居がかったお辞儀だ。 城の展望台から望遠鏡で、ジタンを置き去りにした辺りを眺めてみる。 ―――やはり。まだおるではないか。 フライヤは安堵の溜め息を漏らした。 あの日に張ったテントがそのまま張ってあり、黄色い頭が見え隠れした。 ―――感の強いあやつのことじゃ、私の意とするところを汲み取ったのやも知れん。 展望台を降り、フライヤは一人呟いた。 「仕方ない、帰郷を促して参るか」、と。 |