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ガーネットはベッドで眠っていた。起こしてはいけないとベアトリクスにきつく言い含められていたので、ジタンはただ突っ立って見ていた。
後悔した。何から後悔すればいいのかわからなかったけれど、激しく後悔していることだけは確かだった。
あの夜さえなければ? 一日でも早く帰っていれば?
結婚しなければ? 出会わなければ? 生まれてこなければ?
――生まれてこなければよかったのだと考えて、そんなことはないと否定してもらったのは、いつのことだった?
何も進歩していない。何も変わっていない。
彼女がわかってくれることに、守ってくれることに、その優しさに甘えきった自分の弱い心は、何も変わっていない。
「ジタン」
どれくらいそうしていたのか、名を呼ばれたことに気付いて、ジタンは意識を戻した。
呼び返そうとして、口を開こうとして、結局できないまま、彼は黙っているしかなかった。
なんと言えばいい? どう説明すればいい?
どうやって贖えば?
「ジタン」
ガーネットは、今度ははっきりと呼んだ。
「帰ってきたの?」
「……ああ」
「誰かがあなたに?」
「エーコが」
「そう」
それきり、ガーネットも黙ってしまった。
しんとした部屋に、窓を叩く雪が微かに音を伝えていた。
「もう、いいの?」
しばらくして、ガーネットが口を開いた。
「病気なんでしょう?」
「いや」
ジタンは小さく頭を振った。
「オレがいたからって治るようなもんじゃない」
「子供さんは?」
「いずれは教会に預かってもらうことになると思う」
「そうなの……」
ガーネットは微かに眉を顰めて、天井を見上げた。そして、徐に起き上がった。
「ダガー、起きたりして」
「もう大丈夫よ」
ベッドに座り直して、ガーネットはジタンと向き合った。
「何か言うことはある?」
「――ごめん」
「他には?」
「心配した……死ぬかと思った」
ガーネットは小さく笑みを零して、ジタンの左手に右手を乗せた。
「わたしは」
薬指に光る銀色が、今も二人の約束と決意を示しているのを、ガーネットは自分の指で触れて確かめた。
「帰ってくるのを待つのは、得意な方なの」
そう言って、ガーネットは静かに笑ってみせた。
「赦してくれるの、ダガー?」
そう訊くジタンの青い目に不安がちらついているのを、ガーネットははっきりと認めた。
今更、彼もそれを隠したりはしないのだろう。どうせわかってしまうなら。
「赦してあげるわ」
諦めをわざと声色に乗せて、ガーネットはそう応えた。
「だって、クリスマスですもの」
「じゃぁ、オレは神様に感謝すればいい?」
ガーネットは思わず口元を緩めた。
「そうね」
本当に、本当はとても恐かったのね。
「それから」
だから、そんな風にはぐらかしたりするのでしょう?
「罪滅ぼしを一つすべきだと思うわ」
みんな、わかってる。
そうでなかったら、わたしはあなたと結婚なんてしなかった。
「……なるほど」
ジタンはガーネットに小さくキスすると、もう一度低く囁いた。
「ごめん」
「どうして?」
ガーネットは変わらず明るい声で答えた。
「きっと……」
「未来の話は」
何かを言いかけたのを、ガーネットが止めた。
言えば本当のことになりそうで、それが怖かったからではない。
それが怖かったのなら、初めから結婚なんてしなかった。
それを受け入れたから。そして、きっとそれが未来永劫受け入れられていくと確信できたから。
「明日の話は、今日はしないの。鬼が笑うから」
「……ダガー」
不安げな声で、彼は妻の名を呼んだ。
そして、今度は青い目に安堵の色が混じっているのを、ガーネットははっきりと認めた。
***
生まれてきた末娘はあまりに父親に似ていたので、みんな驚いた。
ガーネットはその子と対面した瞬間、それが全ての終わりであり、始まりであることを知った。
なぜジタンが魂を持ったジェノムとして生まれ落ちたのか。
それは、きっとこの子がこの世に生まれ来るため。
この子がこの世に生まれ、この子の子がこの世に生まれ、そうして命が受け継がれていく、それこそが。
彼が、この世に生まれた意味なのだ、と。
-Fin-
久々のジタガネ、ずっと前から暖めていたネタで書いてみました〜!
シリアスが書きたい気分だったので、思っていたより暗い話になってしまいました^^;
今度はもっと明るくて家族団らん的な話を書きたいな〜と思います。
ジタガネは実はあと1つしか在庫ネタがないのですが…そのうちまたお目見えできるといいなぁ。
2009.12.29
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