いつか帰るところ(Epilogue)



 さてさて。芝居をぶち壊した上、騒ぎに乗じて女王様を誘拐した某盗賊。
 白いドレス姿の彼女を文字通りお姫様抱きにしたまま、彼が向かった先というのは―――。
「はい、到着。ここなら二人っきりで静かだろ?」
 ジタンがようやくガーネットを降ろしたのは、湖の反対側、城と町を一望できる先女王ブラネの墓の前。ガーネットがアレクサンドリアで最も心落ち着くと言った場所だ。
「もう、ジタンったら。こんなことして、後でどうなっても知らないわよ?」
 ガーネットは心もち赤い頬をして、怒ったような素振りをした。
 でも、それも長くは持たず。
 泣き出したいほどの喜びに、ガーネットの心はいっぺんに春が来たように華やいでいた。
 ―――もしかしたら夢かもしれないわ。
 ふとそんな風に思って、ガーネットは自分の背中に回されていたジタンの両腕を触ってみる。
 確かに存在するものの温もり。
「もしかしてニセモノだと思ってる?」
 ジタンは悪戯っぽい笑みを浮かべた目で、ガーネットを見つめる。
「まさか! ――――お帰りなさい、ジタン」
「ただいま」
 背伸びして首に抱きついてから、ガーネットは幾分不機嫌そうにする。
「―――もう! ジタンばっかり背が伸びて、ずるいわ!」
 ジタンは愉快そうに笑った。
「ダガーは髪が伸びたね」
「髪なんて、伸びても何の役にも立たないもの」
「そうでもないよ?」
 ニッと笑う彼に、彼女はぷぅ、っと頬を膨らませた。
「またからかってる」
「からかってないよ」
「うそよ。ジタン、わたしをからかうとき決まって同じ顔で笑うもの」
「ホントに?」
 ぎゅっと抱き締めて、耳元で囁くように尋ねる。
「本当よ」
 ガーネットは目を閉じて答えた。


 湖のほうからさわさわと、木々を揺らして風が吹いてくる。
 芝生の上に、街の方から飛んできた白い鳩が数羽、羽根を休めにやってきた。
「ねぇ、ジタン。その――――誰か見てるかもしれないわ」
「誰も見ちゃいないさ」
「でも……鳩が見てるもの」
 ジタンは噴き出して笑い始めた。
「―――そんなに笑わなくてもいいじゃない」
 ガーネットはジタンから離れ、上目遣いで決まり悪そうに言う。
「ごめんごめん――――じゃぁ、鳩は追い払う?」
「いいえ、白い鳩はわたし好きよ。平和の象徴なんですって」
 ガーネットは汚れやすい薄色のドレスも気にせず、側の芝生にふわりと座った。一瞬逃げようとした鳩たちが、彼女の周りに集まってくる。
 それは信じられないほど清かな光景で、ジタンは手擦りにもたれてそれを見ていた。
「随分平和になったんだね、アレクサンドリアも」
「―――ええ」
 ガーネットはごく短く答えた。
 ほんの一瞬の沈黙。二人の間をそよ風が吹き抜けた。
「寂しかった」
「え?」
 風に攫われた言葉を、ジタンは聞き返す。
「―――うんん、寂しいのとは少し違ったわ。あなたがいなくて、まるで、心の中に穴が開いているみたいだった」
 人懐っこい鳩が一羽、彼女の膝に飛び乗った。
「それで、その穴を風がひゅうひゅう吹き抜けて、凍えるように寒かった。二度と春が来ないような気がしたの」
 ジタンはテラスから離れると、ガーネットの側に腰を下ろした。
 鳩が飛び去っていく―――。
「ごめん」
 ガーネットは首を振った。
「帰ってきてくれたもの、ジタン。約束通り」
「うん」
 薔薇の雫を点したような白い頬に、ジタンは指先で触れる。
 ガーネットは羽根のような黒い睫毛を頬に下ろした。


 再び風が吹き、石畳に落ちた木漏れ日が揺れる。
 しばらくして、ガーネットはふと、尋ねた。
「―――ねぇ、どうして助かったの?」
 ジタンは微笑むと、軽く肩を竦めた。
「助かったんじゃないさ、生きようとしたんだ。いつか帰るところに帰るために……。だから―――」
 悪戯っぽく首を傾げ、
「歌ったんだ、あの歌を」
「あの歌?」
「そ。ダガーがよく歌ってた、あの歌」
 ガーネットははっとし、瞬間、黒い瞳に涙が浮かんだ。
「ずっと、ダガーのこと考えてたな。テラの青い光を見上げながら―――」
「……テラ?」
「そうそう。気付いたらさ、テラにいたんだよ。でも、ガイアへの道が塞がってて―――」
 ジタンは自分が過ごした月日の出来事を順に説明した。
「……だからさ。ま、ミコトのおかげで助かったようなもんなんだけど、ホントは」
 と言うと、ジタンは頭を掻いた。
「でも、諦めなかったのは『ダガーのところへ帰るんだ』って気持ちがあったからだと思う」
「―――ええ」
 ガーネットはにっこり微笑んだ。
「……でも、ジタンが歌を歌うところなんて、見たことないわ」
 ぎくり、とするジタン。
「ねぇ、歌ってみせて」
「いや、ちょっとそれは―――」
「どうして?」
「その―――」
「?」
 無邪気に首を傾げるガーネットに、ジタンは困った、と呻いた。
「なぁに?」
「いや、そのさ―――オレ、オンチなんだ」
「え?」
 一瞬目を丸くしたガーネットは、次に火がついたように笑い出した。
「笑うなよぉ!」
「だって、ジタンがおかしなこと言うから―――!」
「笑うなったら!」
 しかし、ガーネットの笑い声は収まることを知らず。
 その後何日か、彼女は突然思い出したように笑い出し、側に仕える人々をぎょっとさせたという。
 ジタンが不機嫌極まりなかったのは言うまでもない。



-Fin-


はい、頑張りました。ジタガネ甘甘モドキです。・・・なんかの生物みたい(笑)
これ以上はムリです。私には出来ません(ぉぃ)
は〜、一度でいいからめちゃくちゃ甘いの書いてみた〜い・・・。
何で最後はいっつもオチちゃうんでしょ。・・・ごめんねジタン(笑)
「髪を切るダガー」のシーンを見たあと、場所がここに移動。ブラネの墓があるとこ、いいよねv
2002.9.16



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