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 アレクサンドリア貴族たちは、今や誰の息子が女王と結婚するかで大いに盛り上がっていた。
 牽制と謙遜、相手を煽て賺し、褒め称え、それでいて一歩も引かぬ戦い。
 アレクサンドリア国民の中にはこの体たらくに憤っていた者もいたが、多くは「女王様がお決めになったのなら」などと思っていた。
 もっとも、あの感動の再会から既に四年がたっており、国民たちの関心は女王の恋から随分逸れていたのだったが。
 リンドブルムへの宣戦布告は保留とはなったとはいえ、いつ戦になってもいいようにと準備は怠らなかった。
 そんな中、兵力の増強を狙い、一人の騎士がアレクサンドリアに帰り着いた。
 一年ぶりの帰還。
「スタイナー!」
 彼にとってもっとも高貴な存在である女王に抱きつかれ、スタイナーはしどろもどろになった。
「あなたが帰ってきてくれて、本当に嬉しいわ、スタイナー」
 再会の喜びがひとまず収まると、ガーネットは彼の顔を覗き込んだ。
「お帰りなさい、スタイナー」
「はっ、た、ただいまであります」
 と、敬礼。
 ガーネットは麗らかな笑顔を見せた。しかし、すぐに悲壮感が表情を覆ってしまう。
「あなたまで酷いことになってしまって……。ごめんなさい、スタイナー。許してね」
「よ、よもやそのようなお言葉は……! 自分の責任でこのようなことになり……」
「スタイナー」
「はっ」
「もう、やめましょう」
「は」
「どうか、以前に変わりなく、わたくしの側にいてくださいね」
 ガーネットは真冬の空気を閉じこめたような瞳を瞼で隠すと、敬礼するスタイナーを残して部屋へ戻った。
 よかった。
 謝ることができた。これで、ベアトリクスもまたスタイナーと一緒になれる。
 本当によかった。
 目を開ける。夕暮れ時の空を、鳥が数羽、飛んでいく。
 ガーネットは窓を開けた。
 随分前にも、こんな風にしたような記憶がある。
 悪夢の始まりだった?
 それとも、希望の始まりだったの?
 あの鳥は、リンドブルムまで飛ぶのかしら。
 だって、きっとあの人は、今日はここへは来ない。うんん、絶対に来ない―――。
「ガーネット様」
 ベアトリクスが敬礼して部屋へ入ってきた。
「劇場艇が間もなく到着いたします」
 ガーネットは、頷くとにっこり微笑んだ。


 舞台中央、団長のバクーが進み出て、一際舞台がかったお辞儀をすると、観客たちは大きな歓声を贈った。
 いつもながらの前口上風景。
 しかし。
 なぜか今夜に限って、その前口上に変化があった。
「さぁて、お集まりの皆様。芝居の前に一つ、ご紹介したいものがございます」
 なんだなんだと観客席がざわめく。
「どうぞ、お静かに。今宵、ある一人の若者が恋人に宛てた世にも切なき手紙をご紹介したいと存じます。それでは、ロイヤルボックスにおられますガーネット様、ベアトリクス様、スタイナー様、観客席の皆様、屋根の上で御覧の皆様も、どうぞ手には厚いハンカチをお持ちください」
 バクーが再びお辞儀するのに合わせ、観客は訳も分からず拍手を送る。
 一体何が始まるのか?
 舞台上手からはブランクが進み出てきた。
「今日、ある人物から手紙を預かってきました。彼は、理由があって今日この場に立つことが出来ないので、代わりに読みたいと思います」
 ブランクは懐から出した封筒の中身を広げ、咳払いをした。
 身を乗り出す観客たち。
 ブランクは観客席を一周見渡し、読み始めた。
「……『愛しのダガー』」
 その瞬間、ざわっと観客席にわずかに動揺が走る。
 「愛しのダガー」という言葉は短くとも、四年前の情景を思い起こさせるのに十分な響きを持っていたのだ。
 あの日。突然、マントをはぎ取った役者。現れたシッポ。駆け寄ってその腕に飛び込んだ女王。彼女は、見たこともないほどの笑顔だった―――。

 貴族の何人かが椅子から腰を浮かしかけ、ブランクは再び咳払いをして座らせた。






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