<14>
―――愛しのダガー
今、こうしてペンを持ち、紙に向かって、オレは、自分の正直な気持ちと向き合ってる。そして、今まで君と過ごした日々を思い返してる。出会ったあの日から、最初の別れ。再会の日から、再び訪れた別れ。
初めて君と出会ったとき、君は単身リンドブルムへ向かおうとしているところだった。
誘拐してくれという君の言葉を聞いたとき、心底驚いたのをよく覚えてる。
でも、それ以前に、オレにはもっと心に引っかかることがあった。
君の目。
砂浜の綺麗な貝殻ではなく、遠い海を見るような目。
それは、オレの心を捕らえて離さなかったんだ。
なぜなら、オレも同じような目をしていたから。自分の居場所を、故郷を、探す目を。
オレは、ずっと故郷を探していた。そして、やっと探し当てたその場所は、オレが望んでいた故郷とはかけ離れた所だった。
オレは打ちのめされた。自分を否定した。一人で死のうとさえしたんだ。
でも、君は言った。オレを守りたいと。
嬉しかった。
だから、この先何があっても、絶対君を守り通そうと決心した。決して泣かさないように、悲しませないようにしよう、と。
君が、オレの居場所だから。オレの帰るべき場所だから。
でも、オレはその決心を破ってしまった。最初の別れが訪れた。君をたくさん泣かせ、悲しませた。
だからこそ、帰ろうと思った。
絶対に生きて帰ろうと。二度と再び泣かすまいと。
君は泣きながら、でも、笑いながらオレを迎えてくれた。
「おかえり」と言って。
そして、オレたちは今、再び離ればなれになった。
あの日、逃げて欲しいと言った君の言葉の通りアレクサンドリアを去ったあの日、本当を言えば、オレは行きたくなかった。君の側で、君を守ってあげたかった。
でも、思った。
君のために残ったとして、死んでしまえば、オレはそれで終わりだ。
それ以上、苦しくもなければ、辛くもない。
でも、君は?
オレが死んだあとも、君は生きなければならない。
君はアレクサンドリアを愛し、人々を愛しているから、この先も運命を背負って生きなければならない。そう、あの、最初の別れから再会するまでの二年近くの間のように。
もしかすれば、君は一生その苦しみを背負って生きていくかも知れない。
それは、オレにとってもっとも恐ろしいことだった。
そんな思いをさせるわけにはいかなかった。だから、オレはアレクサンドリアを去った。一生、君を愛すると誓って。
今も、君を愛する気持ちに変わりはない。一生変わらないと誓える。
君もオレを永遠に愛していると言ってくれたこと、嬉しかった。でも、オレは君に幸せになってもらいたいんだ。
だから、オレのことは忘れて欲しい。オレのことは全て忘れて、幸せになって欲しい。
ダガー、ありがとう。
オレを愛してくれたこと。オレを守ってくれたこと。オレと一緒にいてくれたこと。
感謝してる。
さようなら。
宛名は「ダガー」。
差出人の名前は読まなかった。
読み終わると、ブランクは再び手紙を懐に仕舞い、お辞儀して袖にはけた。
観客席はしんとしていた。
今や、貴族の誰もが石化したように動かなかった。
不意に、女王が立ち上がった。
「―――わたしは……!」
空を切り裂くような叫び声に、観客たちは思わずロイヤルボックスを振り返った。
「わたしは、あなたを愛してる! 今でも、これからも、ずっと愛してるから……! 忘れることなんて……っ」
その瞬間、ガーネットの体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「ガーネット様!」
ベアトリクスが彼女の名を叫び、観客の何人かが悲鳴を上げた。
玉座に駆け寄ったベアトリクスは、ガーネットを抱きかかえその場を去った。
スタイナーがロイヤルボックスから身を乗り出し、袖から飛び出していたタンタラスの連中に目線を送り、やはり去っていった。
観客席も屋根の上も、今やかつて無いほど騒然としていた。
それでは、女王はまだあのシッポ男を愛しているのか?
なら、なぜ他の男と結婚するなどと?
「決まってる」
屋根の上の民衆の一人が―――後になって、それはブルメシアのパック国王だったのではないかという噂が流れたが―――立ち上がってはっきりと言った。
「リンドブルムとの戦争を避けるために、女王様ができた、たった一つの抵抗だったのさ」
他の人間が立ち上がった。
「この国はいつから貴族制になったんだ? アレクサンドリアは、女王陛下の国ではなかったのか?」
「そうだ、おかしいぞ!」
「このままじゃ、あんまりだ!」
「俺は女王様のために戦う」
「おお、俺もだ!」
ざわざわと不穏な空気が流れ出す。
バクーは、このまま引き上げざるを得ないと察した。
「本日の公演は中止とさせていただきます」
しかし、彼の挨拶を聞く者は、もはや誰もいなかった。
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