<16>




 翌朝早く、タンタラスはリンドブルムへ戻った。
 詳しいことはわからなかったが、アレクサンドリアは何とか静けさを取り戻したと確認できた。
 ブランクは部屋へ戻り、ジタンのベッドを覗き込んだ。
「―――なんだ、起きたのか」
「いや、起きてた」
 ジタンは起き上がった。
 その鼻先に、彼がしたためたあの手紙を突きつける。
「やっぱり、ダメだったか」
「いや、ちゃんと渡してきたぜ」
「は?」
 心底不思議な顔のジタンに、ブランクは悪戯っぽく笑った。
「舞台の上で読んできた」
「……はぁ?」
 しばらくの間事情のつかめなかったジタンは、次に思い切り立ち上がって天井に頭を強か打ちつけた。
「って〜ぇ……」
「おい、大丈夫かよ。いい音したぜ、石頭」
「あのなぁ!」
 ジタンは頭を抑えたまま、
「人の手紙を勝手に公開するな! 大体、あんな手紙舞台で読んだら……」
 不意に、表情が曇る。
「ああ、アレクサンドリアの民衆なら、蜂起したぜ」
「なんだって?」
「あんな下手くそな手紙で、よくもまぁ熱くなれたもんだな」
「ブランク!」
「大丈夫だった」
 ブランクは真面目な顔でそう告げた。
「町は燃えなかった。ボスの言った通りだった」
「え?」
「ボスはさ。あれだけ苦労して再建した町をみすみす燃すわけがないって言ったんだ。って言うか、ボスは最初から全部わかってたのかもなぁ……。だからいいって―――」
「……何?」
「俺が、お前の手紙、舞台の上で読んでもいいかって聞いたら、いいって言ったんだよ」
「ボスが?」
「そ。『ジタンも上手く書いたもんだ』って言ってたな」
「へ?」
「一度も、お前と姫さんを直に示す単語が出てこないって。だから、もし貴族の奴らに非難されても『何のことでしょう?』で通せるだろうって」
「え……? そうだった?」
 ブランクは頷いた。
「自覚なし?」
「……なし」
 ブランクはくっくっと笑ってから、旅の荷を解き始めた。
「ダガー……どうだった?」
 ブランクはぎくりと手を止めた。
「大丈夫だろ。スタイナーのおっさんと将軍さんがついてる」
「スタイナー? 帰ってきたのか」
「ああ、そうらしいな」
 ジタンはベッドを飛び降り、ブランクの顔を覗き込んだ。
「ダガーはどうした?」
 逸らされた目線に、ジタンは不安を覚えた。
「ブランク?」
「……大丈夫だって」
 ジタンは顔を上げると、窓の方へ歩いていった。
「オレを忘れてくれると思うか?」
「いや。姫さん、お前をずっと愛してるって言ってた。忘れることなんて出来ないって」
 ブランクは、その後のことは伏せておいた。
 ジタンは驚いたように振り向いた。
「それで、アレクサンドリアの国民が……?」
「まぁ、そうだな」
「じゃぁ、ダガーはみんなから愛されてるってことか」
 ジタンは小声で呟いた。
 その時、部屋の扉が開いてバンスが顔を出した。
「ジタン、お城の使者の人が来たよ」
「……なんで?」
「シド大公が呼んでるってさ」


 城へ行ってみると、シド大公は朝食をとっており、ジタンにも座って食べるように言った。しばらくして、
「昨日のことは聞いておるか?」
 と、おもむろに切り出す。
「アレクサンドリアの……?」
「そうじゃ。やはり聞いておったか」
「そんなに詳しくは聞いてないけど……。やっぱり、オレのせい……なのか?」
「そうかもしれん」
 軽い口調で言う大公に、ジタンは眉を顰めた。
「……あの、さ」
「なんじゃ」
「その……死者とか―――」
「出んかった。犠牲者も、怪我人も出んかった」
「そっか……」
「それに、何もお前のことで民衆が蜂起したというわけでもなさそうじゃ。それも一因ではあったのじゃろうし、きっかけにはなったのじゃろうが、彼らが口々に叫んだのは、身分制度の撤廃もしくは緩和。そして、主権を女王に返せということじゃったらしい」
「主権?」
 ジタンは首を傾げた。
「主権なら今でも……」
「いや、あの大戦以降、実質的には貴族議会が握るも同然じゃったからな。ガーネット姫も町の修復やら国民生活の保障やらで貴族たちに経済的協力を求めて、ついには議会に口も出せぬようになってしもうたようじゃ」
「そうだったのか……」
 何となく頷ける節があり、ジタンは納得した、が。
「なんでそこまで知ってて黙ってたんだよ!」
 と、シド大公を非難した。
「わしもついこの間になって、ようやくそういう事情が掴めたのじゃ。アレクサンドリアのような古い体制の国は、他国にとやかく言われるのを好まぬのでな」
 ジタンは押し黙った。
「エーコが行っておるのじゃ、向こうに」
 シド大公は小さな声で告げた。
「……え?」
「どれだけの効果があるかも知れんかったが、戦の防波堤にとあの子を赴かせた」
「な……っ!」
「危険な行いであることは十分承知の上じゃ。帰ってきたら、よく礼を言うのじゃな」
 シド大公は立ち上がり、部屋を出ていった。
 ジタンはそのまま取り残された。
 そこへ、今度はヒルダ妃が入ってくる。
「まぁ、ジタン殿。いらしていたのですね」
 ジタンは立ち上がって会釈した。
「今日の午後、あなたにお客様がいらっしゃることになってるの。大事なお客様よ」
 彼女はにっこり微笑んだ。
「お客……?」
「そう。主人ったら、待ちきれなくて早朝からあなたをお呼び立てして。ごめんなさいね」
 ジタンは訳も分からず、いえ、と呟いた。
「さ、お客様がいらっしゃるまでは、お好きになさって結構よ。と言っても、エーコが留守だから暇つぶしのお相手もいないけれど」






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