<17>




 日溜まりの見張り塔に寝っ転がって、ジタンは空を見上げた。
 霧が晴れて、もう何年にもなる。
 結局、あの戦いも自分たちテラの人間のせいだった。
 それ以前に、霧の大陸を渦巻いていた戦乱もそうだった。
 長い、長い旅路の末。
 創始者ガーランドは消滅した。
 災いの元となったクジャも死んだ。
 ―――自分は?


 ―――人が生きるのに、理屈はいらない。


 ……けど―――。



 小春日和の暖かな風が、ちょうど妖精が粉をかけるように、ジタンを眠りに陥らせた。
 変な夢だった。
 ガイアとテラのクリスタルが解け合って、キラキラと、壮絶な光を帯びていた。
 クリスタルに支配された無数の魂が、終えた人生の記憶を預け、再び旅立っていく。
 そこには、テラも、ガイアもない。
 懸命に生きた人々の精一杯の記憶と、魂。それだけだ。

 ―――結局。
 「生きる」ことの前には、文明も、争いも、運命も、みな無力なものなのかも知れない。
 生きることが、人の全てだから。



 不意に辺りが暗くなり、ジタンは目を開けた。
 辺りが暗く、と思ったのは間違いで、一人の顔がジタンを覗き込んでいた。
「エーコ……」
 彼女は瞬きした。
「ジタン、寝てたの?」
「……みたいだな」
「エーコ、起こしちゃった?」
 ジタンはひょいっと起き上がると、ニッと笑った。
「いいよ、別に」
 そのうちに段々と記憶が蘇ってきて、今エーコがここにいることの意味に気付く。
「あ、エーコ。アレクサンドリアから……」
「戻ってきたのだわ」
 エーコは腰に手を当てた。
「もう。ジタンが手紙なんて書くから、アレクサンドリアは大変なことになったのよ」
「うん……ごめん」
 と言ってから、ジタンは待て、と唸った。
「あれはブランクが勝手に……」
「はいはい、知ってるわよ」
「あ、そ」
 ジタンはぷいっとそっぽを向いた。
「ほら、ジタン。エーコに何か言うことは?」
 え? と振り向いたジタンに、エーコはまたまた小言をぶつける。
「もう! エーコが何をしにアレクサンドリアに行ったと思ってるの?」
「あ、そっか……」
「そっか、じゃぁないのだわ!」
 ジタンは立ち上がり、芝居がかったお辞儀をする。
「エーコお嬢様、この度は有り難う存じました」
「よろしい」
 エーコは小さな鼻を空へ向けて一言気取った声で言い、そして笑い出した。
「お父さんが呼んでるわ。早く下へ行ったら?」
 ジタンは、はて、という顔になる。
「ほら、早く!」
 急かされて、ジタンは頷くと、見張り塔を降りていった。
 そういえば、客人が来るとか言ってたか?
 しかも、大切な。
 誰だろう。
 スタイナー、ベアトリクス?
 フライヤ、フラットレイ、パック……。
 まさか。
 まさか―――?

 大公の間の前で控えていた兵士が、ジタンを招き入れた。
「ジタン殿がおいでになりました」
 部屋に入り、ジタンは顔を上げた。
 シド大公とオルベルタがいて、スタイナーとベアトリクスもいて。
 それから、確かあれは、アレクサンドリアの内務大臣。
 それから―――。
 ジタンの目は、ある一点を凝視して動かなくなった。
 思考までもが停止した。
「ジタン。ちょうど今、アレクサンドリアからガーネット姫たちが到着したところじゃ」
 シド大公は立ちつくしたまま一歩も動けない青年に一応説明を垂れた。
「で、こちらのアレクサンドリア国内務大臣バルト卿から、今し方書状をいただいたところじゃ。貴族議会が、そなたのガーネット女王への求婚を、認めると」
 内務大臣は一歩進み出て、一年越しの使者伝達を行う。
「え〜、ジタン殿。ご返答が遅れて誠に申し訳なかったのですが、アレクサンドリア貴族議会は、満場一致であなた様のお申し出をお受けすることに同意しまして、女王陛下もご異存がないということなので、こうしてご挨拶に……」
 当の本人は、聞いているのかいないのか。
 その場にいた人間たちは一様に苦笑を口元に浮かべたが、無理からぬことと大目に見て、退散していった。
「また後ほどご説明しましょう」と言いながら。






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