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「ジタン・トライバル殿」
 鷹揚な声で呼ばれ、ジタンは振り向いた。
 振り向いてから、彼は後悔した。
 後に起こることを空気で予感する人間と、そうではない人間の二種類がいるとすれば、彼は前者だろう。
 まずいことになった、と、一瞬彼は思った。
 思ったが、そういう直感的なものは刹那に過ぎ去ってしまうもので、感覚はすぐに霞んでぼやけた。
 彼は用心深く相手を観察した。
 褐色の髪と、毛色より僅かに濃い色の瞳。典型的なアレクサンドリア生まれの人間だろう。上物の衣服は騎士を思わせるが、それにしてはまだ成長しきっていない体付きだ。
 剣には、シンプルではあるが趣味の良い飾りが施してあり、柄を握る手には白く細長い指が並んでいた。
 戦向きではない。それが、ジタンが感じた彼の特徴だった。
 恐らく剣術には秀でているのだろうが、剣術に長けていたからと言って、必ずしも戦場で勝ち残る保障にはならないのだ。
「ジタン殿」
 彼は目の前に立ち塞がった。
 そんな仕草でさえ、どこか穏やかな物腰だった。
「何か」
「私は、ハロルド・リンゼンといいます」
 小さく辞儀したが、目線は外さない。
 彼はジタンより幾分背が高く、しかし練磨の戦士を怯ませるほどの威圧感は持ち合わせていなかった。
「貴殿に、決闘の申し込みをしたい」
 頭を上げると、彼ははっきりそう言った。
 は? と、ジタンは驚いて見せたが、何となくそんなことを言われそうだとどこかで予感していたような気がした。
「私は、ガーネット女王をお慕いしています。あの方のお側で、お力添えをしたい」
 ふぅん、と合いの手を入れる。
 全くやる気のない相手に、彼は片眉を持ち上げる。
「よもや、断るようなことはなさらないでしょうね? それとも、貴方のような素性の方にはこのようなやり方は理解できませんか」
 ―――いっちょ前に挑発なんかしやがって。
 ジタンは胸の中で毒づいた。
「オレは逃げやしないぜ」
「ならば」
 すらりと、ハロルドは剣を抜いた。
 仕方ない。ジタンも短剣を抜いて見せた。
「お分かりでしょうが、貴方が負ければ女王陛下の元を去っていただく」
 ジタンは頷いた。
「で、オレが勝ったらどうするんだ?」
「私はここで腹を切ります」
 何だって? とジタンは一旦短剣を降ろした。
「そんなもんいらない」
「剣を抜いた瞬間から、果し合いは始まっているのですよ」
 と言うが早いか、ハロルドは金色の頭目掛けて剣を振り下ろす。
 ジタンは軽くいなした。
「待てって。あんたが死んでも、オレには利益がない」
「なら、どうします」
「う〜ん」
 言う間に、ハロルドはもう一度振り被る。
 ガキン、と音が響き、聞きつけたスタイナーが飛んで来た。
「貴様、何をしておるジタン!」
「知らねぇよ、このお兄さんがオレと決闘したいってさ」
「スタイナー隊長、丁度よかった。果し合いの立会人をお願いします」
 ハロルドは、今度は容赦せず剣を振るった。





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