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「お願い、逃げて……!」
ガーネットは哀願した。
夜のとばりが降りたガーネットの私室には、月に照らし出され、寄り添う二つの影。
でも、そこにあるのは甘い雰囲気などではなく。
緊迫感、焦燥感、恐れ、不安……。
それでも、ジタンの両腕を―――いつも自分を守ってくれたその両腕を―――しっかり掴み、ガーネットは抑えた声で、しかし張り裂けんばかりに叫んでいた。
それは、切実な願いであり、選択肢のない「答え」だった。
「逃げて、生きて!」
「ダガー」
彼は力なく、首を横に振った。
「君を置いて行けない」
ガーネットは構わず彼の顔を見上げ、青い目を覗き込んだ。
「お願い、ジタン。生きて」
「ダガー……」
「生きて―――!」
もう何も言わず、ジタンはガーネットを見つめた。
「あなたが、あの戦いの後帰ってこなかったとき、あなたは死んでしまったのだと思って過ごした日々は、死ぬより辛かったわ。もう、二度とあんな思いはしたくないの。あなたが側にいなくても、離れていても、生きていてくれさえすればいい。それだけでいいの」
たとえ、この恋が実らなくても。
この愛を貫くことができなくても。
愛しいと、想うことさえ許されなくても……!
「お願い、ジタン。生きて!」
心の奥から叫ぶように、ガーネットはそれだけを願う。
不思議な強さを秘めた瞳。
黒い、美しい瞳。
その瞳に、何度勇気づけられただろうか。
何度守られただろうか。
ただ、微笑ませたくて、泣かせたくなくて、必死だったあの頃。
ただ、必死になって帰るべきところへ帰ろうとした、あの月日。
もう戻らない、懐かしい日々……。
「ジタン!」
「……わかった」
低く呟いた声に安心し、ガーネットはきつく掴んでいた手をジタンの腕からようやく離した。
「でも、ダガー」
微かに言葉を紡ぐ。
「オレは、もう、他の誰も愛さないから。ダガー以外の誰も」
「ジタン……?」
「どこにいても、何をしてても、ダガーだけを愛してる。一生、変わらずに愛し続けるから」
ガーネットの瞳に涙が浮かんだ。
「わたしもよ、ジタン……! わたしもあなた以外、誰も愛さないわ! 命が果てるまで―――うんん、その後もずっと、永遠にあなたを愛してる」
黒い瞳から零れ落ちそうになった涙を指で拭ってやると、ジタンはそっとガーネットの口唇に、自分の口唇を重ねた。
この世でもっとも悲しい愛の誓い。
それは、誰に知られことなく、風に浚われていった。
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