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 恋人に摘んでもらった薔薇の花束を、私が致しますからと言う侍女の言葉を退け、自分で花瓶に挿す。ガーネットは口元を綻ばせ、暫らくあちこち花の向きを変えたりして、大事そうに活けていた。
 内務大臣がふと、書類から顔を上げた。
「おお、もう薔薇が咲きましたか」
「まだほんの少しだけよ。分けてもらってきちゃったわ」
 いつになく砕けた口調の女王に、彼は優しい微笑みを送った。
 つい二週間程前までは、彼女のこんな姿を一瞬でも見た者はいなかっただろう。
 それほどに、あのシッポの青年は大きな影響力を持っているのだ。
「トレノ自治区からの書類、まだ目を通していなかったわよね」
 気付くと、ガーネットが机の前で彼を覗き込んでいた。
 慌てて立ち上がり、引き出しから書類の束を取り出した。
「このような慌しい時に、陛下は仕事熱心であられますな」
「だって、それはわたし自身のことでしょう? 国民がそのために犠牲になったらおかしいわ」
 真剣な表情で、彼女は彼女の仕事に没頭していった。


 一方、客間で仕立て係の採寸作業に付き合わされたジタン。
 退屈で退屈で、欠伸が止まらない。
 それでも、今まで一度たりともシッポの生えた人間に服を仕立てたことなどない彼らが、一体どうしたものかと頭を抱えたのは面白かったが。
「ジタン様。申し訳ありませんがスラックスをお脱ぎいただけますか」
 と、散々頭を寄せて相談した挙句、彼らは一つの結論に至った。
「は?」
 度肝を抜かれるジタン。
「なんで?」
「その、どういう造りになっているのか確かめさせていただこうかと」
 彼らの確かめたい造りはズボンの方だったのだが、どういうわけかジタンは自分のシッポの造りと誤解したらしい。
 ―――そんなもの見せられるか!
 と、ジタンは逃げ出したのだった。
「ジタン様―――!」
「……まぁ、穴を開ければよいのだろう」
 仕立て係たちは揃って溜め息をついたが、やがて笑い出した。


***


 その小さな騒動の話をベアトリクスから聞いて、ガーネットは鈴のように笑った。
 ガーネットを笑わせるのは造作もないことだった。
 大体、何を言っても笑うのだから。
「そんなにシッポを見られるのが嫌なのかしら」
 ガーネットは、笑いすぎて滲み出た涙を指で拭った。
「採寸などにはあまり慣れていないのでしょう、あの方は」
 ベアトリクスは微笑んで言う。
「そうね、きっとそんな風に服を作ってもらうことなんて、あんまりなかったと思うわ」
 ガーネットは頷いた。
「それで、ジタンはどうしたの?」
「ご自分のお部屋にお戻りですよ」
「どうしよう、きっと不機嫌だわ」
 ガーネットが僅かに困ったような表情をしたが、この麗しの姫君に心奪われたあの盗賊が、彼女の前でいつまで不機嫌にしていられるのか甚だ疑問だとベアトリクスは思っていた。
「行ってこられてはどうですか? こちらの方は私が引き継ぎますから」
 と、さっきまでガーネットが一心不乱に読んでいたトレノからの税会計の報告書を手に取る。
 ガーネットはにっこり微笑み、ありがとう、と言った。


 むすっとした顔で窓の方に向いて座っている恋人のシッポは不機嫌に揺れている。
 ガーネットはクスクス笑った。
「笑いごとじゃない」
 と、不機嫌な声が返す。
 ガーネットは笑ったまま、持ってきた薔薇の花瓶を棚の上に飾った。
「ダガーの部屋に飾らないの?」
 ふと振り向いて、ジタンが尋ねる。
「わたしの部屋、換気のために窓を開けたままにしてるから、寒いの」
「寒いとダメなのか?」
「暖かい部屋にこうして置いておいたら、一晩で咲くかもしれないでしょう?」
 ふぅん、と返事が返ってくる。
「冬に咲く薔薇の品種ってあまり多くないから寂しいわね。お母さまの命日に飾るだけの赤い薔薇が咲き揃ってくれるからいいけど」
 ガーネットが溜め息混じりに言うと、ジタンは少しはっとした顔になる。
「そっか、もうすぐだっけ」
「ええ。あと二日よ」
 俯いた顔が泣き出しそうに見えて、ジタンは咄嗟に立ち上がると彼女を抱き締めた。
「ジタン?」
 その行動に、心底不思議そうな声。
 そして、クスクス笑い出す。
「どうしたの?」
 引き離して顔を見ると、彼女は何でもない風ににこにこと笑っていた。
「あれ?」
「なぁに?」
「いや―――もっと悲しそうな顔してるかと思って」
「どうして?」
 なんと答えたらいいかと、ジタンは黙り込んだ。
「ああ、お母さまのこと? そのことならもう大丈夫よ、随分前のことだもの。それにね、お母さまが最後におっしゃったことが最近少しわかるようになったし」
「最後に言ったことって?」
 キラキラ輝く黒い瞳に惹きつけられ、ジタンが尋ねる。
 ガーネットは、口唇に人差し指を当てて、ナイショ、と言うと、笑いながら部屋を出て行く。
 待てよ! とジタンはその後姿を追いかけた。


***


 次の日、ジタンの部屋に置き忘れていた薔薇の花瓶を見て、ガーネットが幾分驚きのこもった声を上げた。
 一輪、この時期には咲くはずのない薔薇の蕾が混じってしまっていたのだ。
 ゆっくり開いた白い可憐な花は、まるで純白のドレスをを纏った若い娘のようだとガーネットは思った。
 花開いたのは、よほど部屋の中が暖かかったせいだろうか。
「ジタンったら、やっぱり間違って摘んだのね」
 と、彼女は一人笑みを漏らした。


 その薔薇の名を問うた恋人に、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
 『花嫁』という名の薔薇よ、と。



-Fin-



バ、バカップル・・・?
せい史上、ここまでバカップルな二人は珍しいですねぇ(笑)
結婚まで秒読み段階(?)のお二人でした〜v

はてはて。薔薇の花が咲き狂ってますね(^^;)
・・・ファンタジーだしさ(またか!)
いやでも、ゲーム中でも咲いてる風でしたよね? ブラネの墓に供えてましたよね?
とにもかくにも、「五月」はまずかった?(苦笑)
この題名は、本当は二人の結婚式に付けようと思っていた題名だったのですが。
今のところ書く予定がないので、こっちに付けてみましたv
・・・書くことになったらどうするんだろう、自分?(汗)

2002.11.7




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