<3>
しかし、ガーネットと結婚したいのである。それは間違いのないところだった。
この半年の間、一日ごとにその気持ちは大きくなっていた。
「ダガー」
机に向かって手紙を書いている彼女を、ジタンは呼んだ。
「なぁに?」
「それ、エーコにだろ?」
「ええ」
ガーネットは顔を上げてジタンを見た。
「オレ、明日それ持ってってやるよ」
「え?」
きょとんとした彼女に、ジタンは軽く笑いかけた。
「あっちに行く用事があるんだ」
「あら、そうなの」
ガーネットは何も疑っていなかった。ただ遊びに出かけるのを見送るような顔だった。
そしてそれが、ジタンに酷く違和感を覚えさせた。
自分は彼女との結婚を申し込みに行くというのに、許しを得なければ本人には何も言えないなんて……!
「明日は、シドのおっさんとこ行くんだ」
「おじさま? タンタラスのお仕事か何かなの?」
「いや」
ジタンは座っていたベッドから立ち上がり、彼女の側まで行った。
急激に喉元から言葉が込み上げてきて、どうにも我慢が出来なかったのだ。
緊張してぎこちない動きになってしまったせいか、ガーネットはびっくりして、ただジタンを見上げていた。
「ダガーとの結婚を許してもらいに行くんだ」
「え?」
黒い瞳がまん丸に見開かれて、ガーネットは言葉を失って黙り込んだ。
「オレと、結婚して欲しい」
「ジ、ジタン……?」
「ずっと側にいて欲しい」
そして、ジタンはそのままぎゅっと目を閉じた。
なんて……何の準備もないプロポーズ! カッコ悪っ!
ガーネットが、椅子を引いてカタンと立ち上がった。しかしそれからしばらく経っても、ガーネットは何も言わなかった。
不安が募って、ジタンはチラリと目を開けた。
―――まさか、まさかのまさかか!?
しかし。
まさかのまさか、ではなかった。
ガーネットは泣いていた。ぽろぽろと涙が次から次へと溢れて、やがてくしゃりと顔が歪むと、彼女は腕を伸ばしてジタンに抱きついた。
「ああ、ジタン! 本当なの?」
「ダガー……!」
堪らなくなって、ジタンもガーネットを抱き締めた。
「本当にわたしと結婚してくれるの?」
「当たり前だよ、他に誰と結婚すりゃいいのさ」
「だって……!」
ガーネットは涙に濡れた顔のまま、笑い出した。
「夢じゃないのね?」
「オレは本気だよ。もう決めたんだ」
「嬉しい……!」
こんなに手放しで喜んでくれるなんて思っていなかった。
彼女からそこまで想われていたなんて……嬉しい誤算だ。ジタンこそ夢のようだった。
***
早朝、トットからリンドブルム将校の正装服が届いた―――ご丁寧に糊付けして。
……そういえば、クリーニングに出したまま放ったらかしにしてあった。
ジタンは思わず「余計なお世話だよ!」と叫んだけれど、結局それを着てリンドブルムへ行くことになった。
「あら、よく似合うのね」
ガーネットがそう言って笑ったからだ。
「なんじゃその格好は」
と、シドは開口一番そう言った。
一応公式の行事には正装で登城していたジタンだったが、普段は例のいつもの格好だった。
ジタンには答える術がなかった。彼自身も「なんじゃこの格好は」と思っていたのだから。
「待て、その格好でここへ来るということは」
ヒゲを捻りながら、シドは興に乗った声でぶつぶつ呟いた。
「そなた、ガーネット姫と結婚したいというわけじゃな」
「……」
先に全部言われてしまったジタンは、沈黙したままだ。
「ふーむ、なるほど。どうしようかのう」
「……おっさん、茶化すなよ」
「これを茶化さずしていつ茶化すのじゃ。実に面白い」
くそっ、他人事だと思って……! と、ジタンは両拳を握り締めた。
「あら、反対なさるんですか?」
ヒルダがおほほ、と笑ってそう訊いた。
「そうじゃなぁ」
「どうなさいますの、あなた?」
「う―――む」
ヒルダが堪えきれずにクスクスと笑った。
「あまり勿体つけると、ジタン殿が可哀想ですわ」
ふざけているとわかっているのに、ジタンははらはらと二人を見ている。
「反対は、せぬ」
「……へ?」
聞いていたのと違う! と、ジタンは目を剥いた。
シドと決闘するなんてものすごーく憂鬱だったのに、あっさり賛成?
「ただし、条件がある」
きたきた。
「オルベルタ、例のものを持て」
「は」
剣だ。剣を持ってくるに違いない。
ジタンも右手を短剣の柄に載せて、その時を待っていた。
しかし、オルベルタは剣など持って戻っては来なかったのだ。
「まだ間に合うのじゃな?」
「はい、今からですと九月の新学期に間に合います」
「ちょうどよいタイミングじゃったな、ジタン」
ひらり、と、シドは真っ白で四角い、薄べったいものを示した。
「そなたの、リンドブルム大学への入学を許可する紙じゃ」
「……はい?」
「リンドブルム大学の卒業証書、それがワシの提示する条件じゃ。呑むも呑まぬもそなた次第よ」
「だ、大学!?」
その通りだった。シドが持っている紙には、『リンドブルム大学 大公推薦入学者』とデカデカ書いてあったのだ。
「いつかは姫との結婚を申し込みに来るであろうことはわかっておったからな、こちらもちゃんと用意してあったのじゃ」
「だ、だってオレ、自慢じゃないけど勉強なんてしたことないし……」
ジタンが戸惑ってもごもご口ごもると、すかさずオルベルタが
「ご心配なく、九月の入学までに補講を受けていただく準備は整っております」
と太鼓判を押した。
ジタンは思わず「げ」と喉元を押さえた。
「姫の伴侶となるからには、それ相応の知識と教養が必要じゃ。この条件が呑めぬなら、結婚は諦めよ」
そう言われてしまえば、ジタンにはそれを呑まないという選択肢はないのだった。
「先に一つ言うておくが」
と、シドはさらに釘を刺した。
「卒業までの二年間は修行の身と思うこと。姫との逢瀬は禁止じゃ」
―――リンドブルム城にこの世のものとは思えぬ悲鳴が轟いても、致し方のないことであった。
|