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「おいおい、大丈夫かよ」
 と、手が伸ばされる。
「だ、大丈夫です……」
「モンスター見ただけで腰抜かすなんて、ホントにボンボンなんだな、お前」
 悪戯っ子のようににっと笑いながら、ジタンはそう言った。


 前方遠くからのしのし近づいてくるモンスターの影に気付いたハロルドが、剣を抜いて構えた……ところまでは良かったのだが。
 大きなクモのようなモンスターがギーギー鳴きながら目の前まで突進してくると、たっぷり冷や汗を掻いた手も、体も、全く動かなくなってしまったのだ。
 それどころか、足の力が抜けてふらふらと地面に座り込んでしまう有様。
 それと同時に、ジタンが後ろからぴょんと飛び出て、一撃でモンスターをしとめてくれた。

 心から、有難かった。
 心から、倒錯感に苛まれたけれど。

 国王陛下の護衛としてこの旅にご同行仕ったはずが。

 よもや国王陛下にお護り頂く羽目になろうとは……。

「お前さ、慣れないんだったらオレに任せとけばいいんだよ」
 ジタンはもう一度、ほれ、とでも言うように手を差し出した。
「道案内さえしてくれれば、それでお前の仕事は十分なんだから」
「しかし……」
 ハロルドは自分の力で何とか立ち上がり、小さく一礼する。
「私は陛下の御身周りをお護りするために―――」
「あのベアトリクスがお前にそんなこと頼むわけねぇだろ」
 ジタンは涼しい顔で釘を差した。
「お前は確かに剣の腕は立つさ、それはオレも認める」
 思わず首を竦めるハロルド。恐れ多くも、果し合いを申し込んだ苦い思い出が蘇った。
「けど、剣の型と本物の戦闘は、あんまり関係ないんだよ。むしろ型なんてどうでもよくて、要は相手に負けないってことが大事なんだ」
 どんな手を使っても。ジタンはそう付け加えた。


 果し合いをした日、彼は決して汚い手は使わなかった。
 自分の騎士剣を叩き落とそうと、わざと自ら不利な闘いを選んだ人。


「まずはオレがやるのを見てろよ。それで、コツがわかってきたら助けてくれればいいからさ」
 ハロルドは小さく「はい」と答えてから、本当に何のためにお供しているのかわからなくなって頭が痛んだ。



***



 宿に入って、食堂で夕食をとることになった。ハロルドは同席することを遠慮したが、ジタンが「一人でメシ食ったって味気ねぇじゃん」と唇を尖らせるので、恐縮しつつ席についた。
「今日はご迷惑ばかりお掛けして……」
 そう口ごもると、ジタンは一瞬「何のことだ?」という顔をしてから、ゲラゲラ笑い出した。
「オレだって昔はそうだったんだぜ」
 笑いながらそう言うので、ハロルドは思わず目を見開いた。
「モンスターなんて狩猟祭くらいでしか見たことなかったし、初めて家出して旅を始めた頃は、逃げ回ってばっかりで戦うこともしなかった」
 懐かしそうに、ジタンは目を細めた。
「フライヤって奴がさ、オレが今日お前にしたみたいに、いろいろ教えてくれたんだ」
「フライヤ殿と言えば……」
「そうそう、ブルメシアの竜騎士だよ」
 それで、ハロルドは軽く混乱した。ジタンは、確かに今はアレクサンドリアの国王だが、昔はただの―――盗賊だったはず。なぜブルメシアの竜騎士などという知り合いがあったのだろう?
 そういえば、あの日ドクトル・トットの口からも彼女の名前が挙がった気がする。
「以前からのお知り合いだったのですか」
「うん。オレが十四の時からだから……十年くらいかな。たまたま一緒になってさ。基本が世話好きだから、オレの面倒を見てくれたってわけ」
 へへっ、とジタンは笑った。
「なんか懐かしいなぁ」
 ハロルドも想像してみた。
 十四歳の少年が、この広い荒野を踏みしめ、孤独な旅をしている。腰に下げた短剣だけが頼りの旅。
 孤独ではあっても自由であり、自由でありながらどこか勇ましい。
 何となく、その姿はとてもジタンらしいと思った。
 国王の椅子に座って小難しい書類たちに向かっているより、ずっと彼らしい。
「ジタン殿は……」
 ハロルドは、ずっと聞いてみたいと思っていた疑問を口に乗せた。
「自由を失うことになるとわかっていて、なぜ女王陛下とご結婚なさる決心をされたのですか」
 ジタンはくるりと青い目を彼に向けた。心底、どうしてそんなことを聞くのかという顔をしていた。
「愛してるからだよ」
 あっさりと、国王は答えた。
「そ、それだけですか……?」
「それだけさ、他に何か理由がいるのか?」
 きょとんとした顔で、彼は逆にそう問うた。
 それで、ハロルドは思わず笑ってしまった。
 ああ、この人はなんと屈託のない。簡単なまでに、素直な気持ちを言葉にできてしまわれるのだな―――。
 ほんの少しの羨望と、大きな興味が湧いた。
「しかし、愛情だけで結婚生活が成り立つものでしょうか」
 どう答えるだろうかと、ハロルドはけしかけてみた。
「最初は我慢できるかもしれませんが、長年身についた習慣や生活を、そうそう変えることができるものなのですか?」
「うーん」
 ジタンは唇を尖らせて天井をじっと見上げた。しかし、ややあって彼はこう答えたのだった。
「たとえこの先ずっと自由でいられたとしても、ダガーが……ガーネットが傍にいなかったら生きてる意味なんてないんだ。だからオレはあいつと結婚した。他に理由なんてないよ」
 ―――あいつが、オレの帰り着く場所なんだ。
 国王はそう付け加えて、口を閉じた。







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