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「城にだってちゃんと玄関はあるのよ」と言ったわたしの言葉に、ジタンは「確かにあるな」とふざけて答えた。 あの人は、いつもわたしを驚かす。 いつもいつも、こっそり窓からやってくる。 危ないからやめて、と心配するわたしに「オレを何だと思ってるんだい?」とおどけて片目を瞑って見せたくせに。 昨夜、彼は城の窓から落ちた。 *** 「ジタンのバカ! どうしてこういうことになるの?」 と、半狂乱半泣きで詰め寄るわたしに、ジタンはへらっと笑いかけた。 「大丈夫だって、これくらい」 「大丈夫じゃないわ!」 だからやめてって言ったのに、ひどいわ! と、わたしは叫んだ。 「ごめんよ、ダガー」 ジタンは困り果てた顔で、後ろ頭を掻く。 三階の高さから落ちたというのに、右足首の捻挫だけで済んだのは奇跡のようなものだった。 でも、怪我の程度が軽かったなんてことは、今のわたしには気休めにもならなかった。 もし頭を打っていたら、もし打ち所が悪かったら、もし運が悪かったら……! 考え付く限りの悪い事態が想定された。 「もう二度としないって約束して」 わたしは本当に泣き出した。 「もう二度と心配させないって誓って、ジタン」 「わかったよ、もう二度としない。だから泣かないでくれよ、な?」 いつも通りに暖かいジタンの手が、わたしの頭を撫でてくれる。 ―――良かった、無事で。本当に良かった。 伝わる温もりにそう実感したら、また新しい涙が浮かんできて。 思い切り泣いた。こんなに泣いたのはあの日以来かもしれない。 ジタンはずっと頭を撫でていてくれた。 それだけは、あの日と大違いだと思った。 思ったら、また泣けた。 *** 仲間たちが見舞いに駆けつけた。 エーコは「ドッジ臭いわね~、ジタン」と言った。 フライヤが「猿も木から落ちるとは、あながち間違いではないらしいのう」と言って、みんなを笑わせた。 サラマンダーまでやって来て、けれどやっぱり無言のまま帰っていった。 一日経つと、ジタンは驚くべき治癒力でもう歩き回れるまで回復してしまった。 のんびり屋のビビが見舞いに訪れた時には、庭を駆け回る彼に出くわしたほどだった。 たまには怪我もしてみるもんだな、とジタンは言った。 「思いっきりダガーに甘えられるし♪」 お蔭で、わたしは小一時間ほど彼に苦言を呈したのだった。 「でも」 ふと、包帯を巻く手を休め、わたしは呟いた。 「どうして落ちたりしたの?」 顔を上げると、優しく笑う青い瞳とぶつかる。 「やっと訊いてくれた」 と彼は言った。 「え?」 わたしが目を丸くすると、彼はニッと笑っていつものように片目を瞑った。 「落ちたんじゃないさ、オレが落ちるわけないだろう?」 「な? だ、だってあなた……」 「落ちたんじゃなくて、落っこちてきたんだよ」 「落ちてきたって……何が?」 ジタンは親指を立てて、上に向けた。 「月が、さ」 わたしは、ジタンの言う意味がよくわからなくて呆然と彼の顔を見つめていた。 「ほら、見てご覧?」 彼は窓辺まで歩くと、カーテンを引いて空を示した。 わたしは、思わず窓に駆け寄った。 夜空にあるはずの二つの月が、なくなっていた―――! 「嘘?!」 「そして、双子の月はここに」 ジタンが指をぱちんと鳴らすと、彼の手の中には青と赤の石の入った指輪が一つ、現れた。 わたしは初めて魔法を見た子供のような顔で、彼の手のひらと窓の向こうを代わる代わる凝視した。 「どうして?!」 ジタンは答えず、悪戯っ子のような笑みを浮かべてわたしを見つめている。 「どうして?!」 わたしはもう一度、夜空と指輪を見比べた。 するとジタンは、恭しく跪いてわたしの左手を取り、薬指に指輪を填めた。 「誕生日おめでとう、ダガー」 そして、騎士のように手の甲に口づけた。 「誕生日……」 「もう十二時回ったから、君の誕生日だよ」 わたしは小さく驚愕の声を上げ、ここ数日のドタバタで、自分の誕生日などすっかり忘れていたことに気付いた。 「じゃぁ、怪我したのは嘘なの?」 「まさか」 ジタンは苦笑した。 そして、ようやく種明かしをしてくれた。 「君の部屋に遊びにきたら、ちょうど月がキレイでさ。あんな指輪をプレゼントしたいな~、とか思ってたら、つい手を滑らせちゃって」 「じゃぁ、やっぱり落ちたんじゃない」 わたしが頬を膨らませると、ジタンはいつものように後ろ頭を掻いた。 「でもさ、その時思いついたんだよ。こんな演出したら喜ぶかなぁって」 で、タンタラスの奴らにもちょっと手伝ってもらってさ、と、ジタンは窓の外を示した。 消えたと思った月は、ちゃんとそこに浮かんでいた。 目を凝らして見ると、窓の外を黒い暗幕がヒラヒラと風にはためいている。 ―――こんな簡単なトリックに騙されたなんて。 「今年の誕生日は、一番に『おめでとう』を言いたかったんだ」 ジタンは照れたように笑うと、もう一度「おめでとう」と呟いた。 *** そして、彼は今日も相変わらず窓からやってくる。 危ないからやめて、というわたしの言葉は、彼の耳には届かなかったようだ。 でも。 彼がくれた双子の月は、今もわたしの指に輝き続けている。 もう、心配させないでね、ジタン。 ―――約束よ?