ちょっと待って!





 薔薇園に、一本だけ大木が立っている。
 春になれば薄紅い花を咲かせる、ハナミズキだ。
 そしてこの木の枝は、彼の特等席だった。
 街が良く見渡せるし、湖も見える。
 何より、ここに登って見上げれば、城の一室の窓から黒い頭が見え隠れするのだ。
 ジタンは、何時間でもそこで過ごした。



 ある日。
 ジタンが木の上でうたた寝している間に、仕事が終わったらしいガーネットが薔薇園にやって来た。
 彼女は想い人の姿を探したが、まさか木の上とは思わず。
「街に行ったのかしら」
 と一人ごち、薔薇の世話を始めた。
 少しでも花に触れることで、日頃の疲れも癒されるのだ。
 その時、一つの声が彼女を呼んだ。
「ティル!」
 その声に、思わず顔を上げたガーネット。
 そして、木の上で目覚めたジタン。
「ティルだろう? 久しぶりだな」
「もしかして……ルイ?」
 なんだなんだと、ジタンは枝から身を乗り出した。
「久しぶりだね」
 茶褐色の髪の青年がにっこり微笑むのと同時に、ガーネットは彼の首に抱きついた。
「本当に久しぶりだわ! 今までどこに行っていたの?」
 彼はくつくつと笑いながら、ガーネットを引き離す。
「いろいろさ。面白い話が山ほどあるよ」
「まぁ、ルイったら!」
 ガーネットが相好を崩して笑った。



***



 困った。
 ジタンは果たして困った。
 なんとも、件の二人は庭のベンチに座り込み、かれこれ半時は喋り続けている。
 これでは、到底木から降りることも出来なかった。
 よって、二人の楽しげな様子を見、おしゃべりを聞き続けなければならない。
 ガーネットが青年の右手を両手で大事そうに握っているので、ますます気に食わなかった。

 ―――何が「ティル」だ。セカンドネームで呼ぶ奴があるか。

 ジタンは苛々と考えた。

 ―――ガーネット・ティル・アレクサンドロスの婚約者は、オレだ! オレなんだからな!

 誰が否定したわけでもないが、ジタンは心の中で念を押した。



「そういえば、ティル。聞いたよ、結婚するんだって?」
 青年が尋ねると、ガーネットは頬を赤らめた。
「……ええ、そうなの」
「やぁ、おめでとう」
 おやおや? とジタンは思った。
 なにやら、風向きが変わってきたような……
「あなたは?」
「私はまだまだ」
 彼は頭を掻いて笑った。
「そんなことないわ。きっと素敵な人が見つかるわよ」
「どうかな、いまだにこの調子だからね」
「あら、わたしは知ってるわ。あなたがどれだけ女らしいか」

 ―――ん?

「やめてくれよ、ティル」
 ルイは照れくさそうに笑う。
「だって、あれは確か十二のときだったわ。あなたが城の兵……」
「こら、やめろって!」
 拳を緩やかに上げて、ルイは牽制する。
 ガーネットは両手を振り上げて避けながら、キャー、っと笑い声を上げた。

 ―――ちょっと待った。

 ジタンは、するすると木を降りた。
「あら?」
 まだ両手を上げたまま、ガーネットがすぐに気付いた。
「そんなところにいたの、ジタン?」
「あ、ああ。ちょっと居眠りしてた」
 ジタンはぎこちなく微笑んだ。
 ガーネットはその表情に不審そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して立ち上がると、彼の手を引いてベンチへ戻った。
「ルイ、紹介するわ。わたしのフィアンセの、ジタン・トライバルよ」
「やぁ、初めまして」
 彼……ではなく、彼女は、爽やかに微笑むと右手を差し出した。
 それを握りながら、「どうも」と軽く挨拶する。
「こちらは、ルイーザ。幼馴染のお友達なの」
「私は兄弟が男ばかりなもので、彼女には女らしさを学ばせてもらいましたよ」
 ルイーザが冗談めかした響きでそう言い、ガーネットは「もう、ルイったら」と笑った。



***



 「ティル」と呼ばれる彼女のあどけない笑顔が、目に焼きついてしまった。
 「他の男に笑いかけるガーネット」というシチュエーションは強烈過ぎて、すぐには苛々から抜け出せなくて。
 ―――「フィアンセの……」と紹介されたのは初めてだった。
 何だかむず痒くて仕方なかった。



 複雑なキモチが入り混じって、今ジタンはひどい仏頂面をして、ガーネットの右手を握り締めてずんずん歩いていた。
「ねぇ、ジタンったら」
 と、ガーネットが呼びかけるのも、これで三度目。
「何を怒ってるのよ?」
「怒ってない」
「嘘ばっかり……ねぇ、手が痛いわ。あんまり引っ張らないで」
 ジタンは答えない。
「もう、ちょっと待ってったら」
 ガーネットは思い切って、手を振り解いた。
 意外なほど簡単に手は解けたが、代わりにジタンの背中が傷ついた子供のそれに見えた。
「ジタン、こっちを見て」
「男だと思ったんだよ」
 ジタンは背を向けたまま呟いた。
「あんな、馴れ馴れしくて……」
「心配したの?」
「わかんねぇ」
「嫉妬したの?」

 ―――それは、そうかもしれない。

 ティル、と呼ばれる彼女を、自分は知らない。

「オレ、子供の頃のダガーのこと、何も知らない」
「そうかしら?」
「出逢う前のことは、全然知らない」
「嘘よ」
 ガーネットは回り込んで、青い目を覗きこんだ。
「わたしが六歳までは「セーラ」だったことを、あなたは知ってるわ。どうして召喚士の角がないのかも」
 黒い瞳がくるりと、愛らしい光を称えた。
「それに、ルイが知らないことを、あなたは知ってるわ」


 苦しみ、悲しんだ日々。
 世界を旅して学んだこと。
 あなたを失った日。
 取り戻した日。
 詠唱する時の、小さく涼やかな声。
 眠る直前の幼い微笑み。
 「いいかげんにしろよな、コノヤローッ!!」―――と言う彼女。


「あはは」
 ジタンは笑った。
「確かに、そんなダガーはオレくらいしか知らないな」
「当たり前よ、あなたにしか見せないもの」
 ガーネットは自分の手を彼の手に滑り込ませた。
「だから、もう機嫌を直して?」
 ジタンはぐっと手を引っ張って彼女を引き寄せ、その頬にキスした。
「もう直った」



***



「びっくりしたよ」
 ルイは酒場で会った友人にそう語った。
「まさかあのティルがさ。ホントに、まだ子供みたいな男だった」
「……」
「相変わらず、反応のないヤツだな、焔」
「お前は喋りすぎる」
「女は喋るのが好きなんだ」
 思い当たる節があって、相手の男はふむ、と頷いた。
「ついでに言っておくが」
「何だ?」
 ルイが蜂蜜色の瞳で振り返る。
「その『子供みたいな男』は、俺の仲間だ」
「……え?」

 長身の男は立ち上がった。慣れた風情でカウンターに酒代を置く。
 そのまま一言もなく、店を出ようとした。
 慌ててルイも立ち上がり。
 そして、叫んだ。

「―――ちょと待って!」



-Fin-





お題第4弾、「ちょっと待って!」ということで、
ちょっと待ってが2回、バージョン違いで1回出してみました(笑)
何ともありがちネタ&オリジキャラ出張り&意味不明〆ですが(汗)
ジェラシージタンが可愛い季節です、はい(何)
あ、あと。ハナミズキの枝でうたた寝って危ないっすよね!(^^;)
かなりの大木でないと、枝が折れること必須です、はい。。
でも、季節柄なんとなくミズキがよくて、変えるのやめました(爆)

姫祭さえも終わってしまったのに、まだやってます、ジタンのお題(^^;)
あと一つ、頑張るぞ〜!(>▽<*)
2004.3.20






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