激しくゆるい続きの話。
「えーーっ! あかんかったんあの人!?」
「……う、うん」
アレクサンドリア公演が終わり(終わったとは言えなかったが)、それから戦争が始まって、このリンドブルムも大打撃を受けた。
友人たちの安否を気遣ったルビィが、しばらくぶりにこの街へ帰ってきた。不幸中の幸いか、彼女の同郷の友人たちはみな息災だった。
お互いの近況を報告し合って一息ついた時に訊かれたのが、冒頭の件だった。
―――そういえば、あの人とどうなったん?
「連絡は?」
「取ってへん……無事かどうかもわからんわ」
「あ〜、ウチこの前、商業区で見かけたで〜」
「ホンマに?」
無事やったら良かったわ。ルビィはそう呟いた。
本当に、無事だったらあとはどうでもいい気がした。
「なんや別の女の子と歩いとったから、おかしいな〜って思ってん」
「げっ、手ぇ早っ!」
「でもほら、もう別れて半年近くたっとるワケやし」
「もーっ、悔しないのん、ルビィ!?」
……正直、あんまり悔しいとも思わなかった。いい人が見つかったんなら良かったな、とさえ思うくらい。
おかしいなぁ……ホンマに、好きやったのに。
ルビィが「別に、もうええよ」と言うと、世話焼きのその友人は、「あんた、そないやからあかんねんで!」と息巻いた。
「ウチ、またええ人探してくるからっ!」
「んー……」
ルビィは返事を濁した。
「あれ? もしかしてもう他に好きな人でもおるん?」
「うんん、そういうワケやないけど」
小さく首を振って、溜め息を吐く。
「もう、当分恋はええかな、って」
「懲りてもうたん?」
もう一人が同情深くそう尋ねた。
「うーん、なんて言うか……ちょっと、疲れたんかも」
「そっかぁ……」
たまには休むのもええかもね、そうやね、と頷き合う友人たちに、ルビィは曖昧に微笑んで見せた。
そう、疲れてしまったのだ。
「面倒くさくない女」になるために今までの恋愛を反省してもみたけれど、結局明確に「ここが悪い!」というポイントが見つからなかった。
あるいは、徹底的に自分を殺せば「面倒くさくない女」になれそうな気がしたけれど、それにはかなりのパワーが要りそうで、今のルビィはそこまで頑張れそうになかった。
アジトに顔を出したら、ブランク以外のメンバーは留守だった。
「みんなどこ行ったん?」
と訊いたルビィに、ブランクは肩を竦めて「デートじゃねぇの?」と答えただけだった。
「ボスも?」
「自称モテ親爺だからな」
「えー」
ルビィがブーイングして、思わず二人でクスクス笑い合った。
すごく暇な夜だった。
思えば、こんな風に自分の時間を一人でゆっくり過ごすことなんてほとんどなかったのだ。
カウチに座って雑誌を捲っていたけれど、煌びやかなファッションとか、メイクとか、そういうものがどこか遠い話に思えた。
……だって、オシャレしたって見せる相手おらんし。
ああ、こうやって一人萎びていくんだな。ルビィはそう思った。
こうやって一人萎びておばあさんになっていくんや。
―――うわー、嫌やわ。
コトン、とサイドテーブルで音がして、ルビィは顔を上げた。
ルビィのマグがほかほかと香ばしい湯気を立てていて、思わず目を丸くする。
「飲むだろ?」
自分でもカップの中身を啜りながら、ブランクがそう訊いた。
「……どないしたん、毒でも入っとるん?」
「ついでだよ、一人分淹れても不味いし」
「……ふーん」
おおきに、と一言礼を言って、カップに手を伸ばした。
どうしてかブランクはみんなのコーヒーの好みを知っていて、ルビィのカップにはちゃんとミルクと砂糖が入っていた。
何だか、ヘンなの。
ルビィはブランクの方を窺った。床に直座りして、武器の手入れをしている。
こんな風にのんびりしていると、日常が流れていくのがまるで目に見えるみたいだった。
いつもは、ドキドキとかワクワクとか、そんなことばっかり追いかけてるのに。何だかヘンなの。
ルビィはもう一口飲み込んでから、ちょっと負け惜しみを言ってみた。
「シナが淹れた方が美味しい」
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