<3>
寝てしまえば明日には痛みも引くだろう。そう思ったけれど、寝ようとすればするほど、膝も肘も鼻の頭も、じんじんと痛みを訴えた。
「参ったなぁ……」
ルビィは諦めて起き上がり、居間の救急箱を取りに行くことにした。とにかく盗賊団のアジトである、傷薬の類は豊富に取り揃っていた。
部屋の戸口から顔を出して窺うと、もう全員寝静まったらしく、階下からは何の音も聞こえてこなかった。
足音を忍ばせて、薄暗い居間へ。そそっかしいジタンの手当てなんて日常茶飯事だし、その場所もちゃんとわかっていた。
「うわぁ……派手に擦りむいてもうたなコレ」
膝頭が真っ赤にミミズ腫れだ。鼻の頭は大したことなかったから良かったものの、来月の舞台に支障があったら唯事ではない。
仕方がないので、ポーションで誤魔化すことにした。来月の給料で買い足しとかんと……そっちのがイタイわ。
とりあえず、痕が残ったら一番困る鼻の頭に薬を塗ろうとして。
その腕をにゅっと伸びた手に掴まれて、ルビィは悲鳴を上げそうになった。
「やめとけ、それ」
予めルビィの口を塞いでおきながら、ブランクは小声で忠告した。
「肌荒れするぞ」
「むぐむぐぐ〜!!」
「……ホントだよ」
「肘は自分じゃできないだろうが……ったく」
「うー」
ブランク調合の傷薬をあちこちに塗られて、包帯を巻かれた。かなり仰々しいし、明日起きたらバクーになんて言われるかわからない。
また「プロ意識の欠片もねぇ」とか言われるだろう……憂鬱だ。
「ほら、鼻見せろ」
居間は明かりが落ちていたので、月明かりのみで、ほとんど真っ暗に近かった。そうでなかったら、ルビィはすっぴん顔が気になってまともに話もできなかっただろう。
ただ、間近で顔を見せるのはやっぱり抵抗があった。
「……鼻、は、ええから」
「良くないだろ」
―――良くない。マジで良くない。痕が残ったら泣く。
顎を指で摘まれぐいっと上を向かされて、思わずドキッとなる。
あー早よ終われぇ……。
「うーん、よく見えねぇな」
まじまじと傷を確かめていたブランクが、手元のランプに火を入れようとした。
当然、ルビィが飛び上がる。
「まままま、待った! それ反則!」
「あ?」
ライターに火をつけようとした手にかじりつかれて、ブランクが目を丸めた。
「何だよ、塗り忘れがあったら大事になるぞ」
「え、ええよ。塗り忘れてええから」
「バカか」
構わず、火をつけようとするとまたかじりついてくる。
「あのな」
ルビィが素顔を見られたがらないというのは、さすがのブランクも知っていた。けれど、今は緊急事態である。何しろ一応女優の顔だ。
「お前、俺を何だと思ってんだ」
「……え?」
ほとんど泣きべそになっていたルビィは、きょとんと顔を上げた。
「こちら盗賊。暗闇でも目は利くぞ」
「……っっっっ!!!!」
月明かりでは色は見えないが、形は見える。
ルビィはますます泣きべそになった。
「アホ視力〜〜っ!」
「うっせ、何がそんなに嫌なんだかちっともわかんねぇし」
「親にも見せたことないのに〜〜っ!!」
「……どんだけだよお前……」
わぁわぁ喚くルビィに溜め息を吐きつつ、ブランクはその鼻の頭にも丁寧に薬を塗ってやった。
「なぁ、思ったんやけど」
やっと黙って大人しく塗られていたルビィが、ぽつりと口を開いた。
「何だよ」
「これ、自分でできるやん」
「あ?」
鼻の頭に絆創膏を貼ってやってから(グイグイ貼ったら「痛い」と怒られた)、ブランクは「ああ」とさもたった今思いついたかのように言った。
「まぁ、いいじゃねぇか」
「……う、ヤな予感」
「気のせい気のせい」
「何それ、ちょっと薬瓶見せてや」
「……うーん」
「ブランク!!!」
「見ないほうが、身のためだぞ」
「―――――っっっっ!!!」
うわーん。
「もー何塗ったんコレ!!! イヤや取るで!!」
「そんな妙なもの入ってないから……まぁ気にすんな」
「するわボケーーーーーーっ!!!!」
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