恋は、先に告白した方が負けだ。


 主導権を握るなら、絶対に向こうから告白させなければならない。


 と、ルビィは考える。
 大体にして、貢がせてナンボ尽くさせてナンボのこの御仁。
 生まれてこの方『負け』を選んだことなど一度も無い。
 むしろ、そんなことは彼女の上には決して起こり得ないことのだ。
 ―――なのだから、今回もそうなるはずであったし、そうなるべきでもあった。

 負けを見ることなど、決して有り得ない。






 恋は、先に告白した方が負けだ。


 そんなことを言い出したが最後、一生笑い者にされるに違いない。


 と、ブランクは考える。
 それでも三回くらいは喉まで出掛かったが、その度に飲み込んできた。
 そんなことを口に出そうものなら、バカにされるか、コケにされるか、足蹴にされるかのどれかだろう。
 弱みを握られるくらいなら、言わない方がずっとマシだった。
 ―――なのだから、このまま飲み込み続けるしかないのだ。

 この穏やかな日常が壊れるようなことは、しないに越したことはない。












「お前なぁ、何度言ったらわかるんだよ」
 と、呆れた声でブランク。
 その矛先にいるルビィはしかし、椅子にふんぞり返らんばかりの態でいた。
「短剣は手前の鍛冶屋、盗賊刀は奥の鍛冶屋に持ってかないとダメだって言ったろ」
「うそやん、あんたは『短剣は奥の鍛冶屋、盗賊刀は手前の鍛冶屋に』って言うたで」
「言うわけねぇだろ。いい加減にしろ」
「いい加減なんはあんたやろ。うちは言われた通りにしただけや」
 ブランクの額に血管が一本増え、ルビィの眉間にシワが一本増えた。
「大体、あんたたちが忙しい言うから、仕方なしにうちが行ってやったのに、何やその言い草」
「余計なことされるくらいならされない方がよっぽどマシなんだよ」
 ルビィの目が、ピシッと音がしそうなほど鋭くなる。
「よう言うわ。前もって整備に出しとかんかったのはそっちの落ち度やろ」
「そりゃ、出せるものなら出しといたぜ。どっかの誰かさんのせいで時間が無かったからな」
 その「誰かさん」は、先日アレクサンドリアの小劇場でいざこざを巻き起こしたルビィ本人である。
「またその話蒸し返すんかい。ホンッマにしつこい男やわ」
「ああ、そうだよ。しつこくて悪かったな」
 ブランクが立ち上がった。
「お前がいつまでたってもおっちょこちょいでドジでマヌケだから、こういうことになるんだよ!」
「なんやて、黙って聞いとれば!」
 今度はムカッときたルビィが立ち上がった。
「あんたこそ細かいことネチネチネチネチ、小姑みたいやないの!」
「こ……」
 ブランクが思わず絶句すると、調子付いたルビィは更に「あかんたれ」だの「カイショなし」だの散々言った挙句、
「謝り!」
 ときた。
「俺が謝る必要がどこにある。お前が謝るのが筋だろ、どう考えても」
「あんたが暴言吐いたんやんか、謝りぃ」
「誰が」
「あ、そ。謝らん言うんやったら、出るとこ出たるで」
「あー、そうかよ、出たけりゃ出てけばいいだろ。どうぞご勝手に」
 ルビィは手元に置かれていた茶碗――たぶんシナの湯飲み茶碗だ――を掴むと、ブランクの方へ思い切り投げてから部屋を出て行き、ガシャンと陶器が砕け散る音で喧嘩は終わった。
 後には、むすっとした顔で再び椅子に座り直すブランクと、物陰から恐る恐る姿を現したマーカスとシナだけが残った。



***



 喧嘩は、先に謝った方が負けだ。


 昔から、ブランクとルビィはことあるごとに言い合いをして、喧嘩をして、それでも次の日にはケロリと忘れたかのように仲が良かったりする間柄だった。そのことは仲間の誰しもが、口には出さずともよく知っていた。
 だから、二人が喧嘩をしたからといって間を取り持ったりするようなことはなかった。なかったのだが、どうも今回は随分長引いているようだということを、これもまた口には出さずとも、みんなが感じていることだった。
 最初にどうにか仲直りをさせようと努力し始めたのはマーカスだった。なんとか二人きりの時間を作り、ちょっと話せばまた元の通りに戻るだろうと考えたが、二人は決して口を利こうとせず、作戦は失敗に終わった。
 それを見たシナが、今度はご丁寧に回りくどい作戦を考えたが、決行前にブランクに勘付かれてしまった。
「余計なことするな」
 と一喝され、彼はすごすごと引き下がったのだった。


 喧嘩は、先に謝った方が負けだ。


 困っていたのは仲間たちだけではなかった。当の本人たちも、今回は何故かいつものように上手く和解できず、困惑していたのだ。
 しかし、先に謝ったら負けなのだと、そんな変なこだわりが邪魔をして、お互い一歩も引かない悪循環が続いていた。
 そして、一度そんな風になってしまうと、解決の糸口はなかなか見つからないものなのである。


 そんな中、その悪循環を更に穿る輩が現れた。


「よぉ、ルビィ」
「ジタンやないの。久しぶり」
 ルビィは手招きしているジタンに気付いて、台所から出てきた。
 居間にはブランクがいるので、最近は台所にこもりきりだったのだ。
「ちょっと見てみ」
「何?」
 引き寄せられるままに側まで行くと、鼻先にぱっと何かが突き付けられた。
 思わずビックリして後ずさりしかけたルビィは、それに気付いて歓声を上げた。
 小さな花束だったのだ。
「今日、ルビィ誕生日だろ? おめでとう」
「うそぉ、覚えてたん?」
 此方、女の子の誕生日については天才的な記憶力を発揮するジタンである。
「うちがもらってええの?」
「もちろん」
 ルビィは嬉々として受け取った。
「おおきにぃ、ジタン」
「どーいたしまして」
 それだけのことだったが、ルビィは一気に機嫌が良くなった。鼻歌でも歌い出しそうな様子で花を花瓶に活けると、自分の部屋へ持っていった。
 そして、それに反比例するようにブランクの機嫌が悪くなった。



 ルビィが居間へ戻ると、ブランクはさっきと同じところに座っていた。
 そろそろ仲直りをしなければ、と、彼女は急に思い立った。
 先に謝るのはどうにも癪だが、確かに自分も悪かったかもしれない。それに、このまま黙り合いを続けるのも、何となく気が引ける。
「あの、ブ―――」
 と、ルビィが呼びかけた瞬間、ブランクはふと彼女を見た。
「お前、馬鹿じゃねぇのか」
「え?」
 虚を突かれて、ルビィは口をぽかんと開けた。
「ジタンに花なんてもらって、喜ぶ馬鹿がどこにいるんだよ」
「な……?」
「あいつには、本命の恋人がいるんだぞ。お前がいくら想ったって届かないだろ」
 ブランクに、そんなことを言われるなんて思わなかった。ルビィは唖然として声も出なかったが、
「何言うとるん、うちは別にジタンのことなんて……」
「強がるなよ」
 ブランクはいつの間にか床を見つめていた。
「ずっと、好きだったんだろ」
「は?」
 ルビィは目を剥いたが、ブランクは見ていない。
「何、アホなこと……」
「はぐらかすなよ」
「な、はぐらかしてなんておらんわ」
 ブランクは顔を上げた。その目は何となく哀れみを含んだような色をしていて、ルビィは焦った。
「何、勘違いしとんねん。そらジタンのことは仲間として好きやで。せやけど、そんな想うとか想わへんとか、そういうんとは……」
「嘘言うな」
 ブランクは立ち上がった。
「なんでそう強情っ張りなんだよ」
「別になんも張ってへんわ。変な言いがかりはやめてや」
「言いがかりなもんかよ、あんなに喜んでたじゃねぇか」
「それはただ花が嬉しかったから……」
「そうだろ、嬉しかったんだろ? そんなもん、好きでもねぇ男からもらって嬉しいわけないもんな」
「そんな!」
「好きなんだろ、認めろよ」


 どうしてこんな話になったのかと、ルビィは一瞬思った。
 確か、喧嘩の仲直りをしようと思っていたはずなのに。

 どうしてこんな話になったのかと、ブランクも思った。
 ただ、ルビィがまだジタンを好きなんだったら、諦めさせてやるべきだと思っただけなのに。


「せやから、うちは別に」
「だから、強がるなって」
「強がってへんってば!」
「強がってるだろうが!」
「強がってへんてば、ええ加減にしてや!」
 ルビィはヒステリックな叫び声を上げた。


 どうして、こんなことに。


 ブランクはヒステリーを沈めようとしてルビィの腕を掴んだ。
「勘違いも甚だしい、しつこいわ!」
 それを振り払おうとするルビィ。
「ああ、しつこくて悪かったな」
 しかし、ぎゅっと掴んだまま離そうとしない。
「お前が意地張るからだろ!」
「張ってへんわアホ! 離してや!」
「離すかよ!」
「もーっ、信じられん! 離せぇ!」


 こんなことに、なるはずはなかったのに。


「好きなんだよ!」
 思い切り腕を引っ張られるのと、ブランクがそう言ったのとは同時だった。
 何か言い返そうと準備していたルビィの口は、そのままの形で開いたままになる。
 二人とも黙ったまま、急に居間はしんと静まり返った。
「―――え?」
 しばらくの時間が流れた後、ようやくルビィが我に返った。
「今、なんて言うたん―――?」
 ブランクは身動ぎした。ギリギリ掴まれていた腕を最後にゆるりと引かれ、ルビィはされるがままブランクの肩に凭れた。


 恋は、先に告白した方が負けだ。


 ブランクは、ルビィの髪に鼻を埋めて、さっきとは比べ物にならないくらいの小声で呟いた。

「好きなんだよ、お前のことが……」



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「そしたら、うち出掛けてくるから〜」
 ルビィはおめかししてお出掛けらしい。
「掃除と洗濯とゴミ出し、ちゃんとしといてや」
 さっき脱いできた部屋着をブランクの両手に押し付けると、ルビィはひらひらと手を振った。
「ちょ、待てお前!」
「待たん」
「待てって」
 腕を捕まえて引っ張ると、ルビィはキッと睨んできた。
「急いでんねんけど、うち」
「だからって全部押し付けてくなよ。俺だって忙しいんだから」
 部屋着を突き返そうとするブランクに、ルビィはニィっと嫌な目で笑った。
「あんた、誰に言うとるん?」
「は?」
「うちのこと好きやって言うたやんかなぁ、えらい必死こいて。それともうちの耳がおかしかったんやろか〜?」
 ほじほじと耳を穿るフリをする。
 可愛くない。断じて可愛くない。どこをどうしたらこんな女に惚れたのか、ブランクにはもうわからない。
 こんなことなら、やっぱり先に言うんじゃなかった。後悔先に立たずだ。
「……わかったよ」
 ブランクは不機嫌そうに呟くと、部屋着を抱え直した。
「そーそ、素直なんが一番やで」
 ルビィは機嫌良く笑って見せた。が、次の瞬間、ぐいとばかりに腕を引っ張られ、バランスを崩して悲鳴を上げた。
「な、なにす……」
 文句を言いかけたルビィの耳元に唇を寄せると、ブランクは何事かを囁く。その瞬間、ルビィはカッと頬を染めて固まってしまった。
 彼は、口喧しい恋人を一言で黙らせる呪文を覚えた。




 恋は、先に告白した方が負けだ。

 でも、もしかしたらそうでもないかもしれないと、最近思い始めている。



-Fin-









ブラルビ祭への熱い思いを形に残そうと、こんなものを書いてみました。
せっかくなので、いつもの設定からは離れて、よりブラルビらしさを求めようと。
・・・失敗しましたけどね(涙)
どうして愛だけが空回りするんでしょう・・・永遠の悩みです、ブラルビ。でも大好き!(笑)

実はネタは2個考えていて、ホントはもう一つの方が面白いと思うのですが・・・上手くまとまらず(^^;)
そっちは自分の設定でも使えることが判明したので、またどこかでお目見えするかもしれません。
お楽しみに(笑)

2006.3.12  せい


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