おんぶ




 鳴り響いた電話のベルに、ブランクはうんざりと顔を上げた。
 アレクサンドリア公演から三日、物入りな時期で、アジトには彼以外誰もいなかった。
 出かける時は早い者勝ちで、最後の一人は店番として残るのがタンタラスの掟――第何条だったか。
 大体、店番なんて必要ないのだ。この傾ぎっぱなしの店に、客など滅多に訪れなかったのだから。
 事実、ジタンとシナとルビィがその掟を守っているところを見たことがない。
「はい、ラッキーカラー商会です」
 ―――このネーミングも激しくどうかと思う。
『もしもしー』
 聞き覚えのない声だった。
『商業区の酒場の者ですが、そちらタンタラス劇団さんで?』
「は? ああ、そうですけど」
『よかった。実は今、うちでそちらの女優さんが飲んでらっしゃるんですが』
 そこまで聞いて、ブランクは何となく嫌な予感がした。
『どうにも飲みすぎたらしくて、困ってるんですよ。迎えに来てもらえませんかね』
「……」
 やっぱり。
『今も暴れてましてねぇ、他のお客さんにもご迷惑ですし』
 確かに、受話器の向こうでは喧騒と、テーブルか何かが倒れるような音が響いていた。
「……すいません、すぐ行きます」
 五秒後には、アジトの入り口に『CLOSE』の札を掛け、ブランクは取り急ぎ商業区に向かった。



 酒場に駆け込むと、ちょうどルビィが酒瓶を投げようと振りかぶっているところだった。
「ばっ……こら、ルビィ!」
「あ、ブランクや〜、どないしたん?」
 と、振りかぶったまま戸口の方へ向き返ると、そのままの勢いで酒瓶を手放した。
 ブランクは素早く屈み込んでそれを避けたが、壁にぶち当たった瓶は粉々に砕け散って派手な音を立てた。
「どうしたじゃねぇよ、何やってんだお前は!」
「何って、楽しくお酒飲んどっただけやで〜?」
「どこが『楽しく』だ……!」
 ルビィの席へつかつかと歩み寄ると、ブランクはその腕を掴んでぐいっと引っ張った。
「ほら、帰るぞ」
「嫌や〜」
「いいから立て! 店に迷惑なんだよお前は!」
「嫌やも〜ん」
 ルビィはヘラッと笑った。
「あのー、すいません。実はお会計がまだで」
 と、店員が幾分逃げ腰でお勘定を持ってやってきた。
「……いくらですか」
「2万5千ギルになります」
「……」
 どんだけ飲めばそういうことになるんだよこのバカ―――!
 ブランクの穏やかならぬ表情に、店員はちょっと後ずさった。
「えーっと、どうしましょうか」
 愛想笑いに、思いっきりしかめっ面でこう返した。
「……立て替えます」


 ようやく店の入り口まで引きずり出して、店中の客の注目から逃れると、ブランクは大きく溜め息を吐いた。
 責任感の強い彼は、とかく他の団員の尻拭いをさせられることが多かった。ルビィの世話を焼くのももう何度目だか、数えるのも馬鹿馬鹿しかった。
 入り口の石段に腰掛けたまま眠ってしまいそうなルビィを見下ろして、ブランクはなるべく冷たい声を出した。
「ほら立て、帰るぞ」
 ルビィはぼんやりと目を開けた。
「立てへんもーん」
「いい加減にしろ。置いてくぞ」
「置いてけるもんなら置いてってみぃや」
 ルビィはふふんと笑った。
 ……くそ。
「ブランクおんぶ〜」
「―――誰がするか」
「えー、せぇへんのぉ?」
 ルビィはふーんと鼻を鳴らした。そのまま鼻歌まで歌い出す。
 ……くそっ。
「チッ、仕方ねぇな」
 ブランクが背中を向けて屈み込むと、ルビィは鼻歌を歌ったまま両手を出した。
「ちゃんと掴まれよ」
「大丈夫〜」
「……俺が大丈夫じゃねぇんだよ」


 そう、逆に眠ってくれた方がまだマシなのだ。
 酔っ払いが意気揚々としている時くらい、手の付けようのないことはない。
 ルビィはブランクに背負われたまま、ジタバタと暴れていた。
「馬鹿かお前は、大人しくしろっての!」
「馬鹿って言うた今〜!? 馬鹿って言うヤツがアホやねんでアホ!」
 ポカポカと頭を叩く。それに合わせて足もバタバタする。
「ブランクのハゲー!」
「……まだハゲてねぇ」
「ブランクのチビー!」
「……落とすぞお前」
 それまで頭をポカポカしていた手が、今度は首に回った。
「落とせるもんなら落としてみぃっちゅーねん」
 そのままぎゅーっと締められる。
「バカ、離せって! 締まってる締まってる!」
「ふーんだ、ブランクのアホー」
 首は無事に開放されたが、未だ腕が絡んだままで危険だった。
「いいから大人しくしてろよ、アジトまで運んでやるから」
「ふーんだ」
 しかし、肩口に顔を埋めたまま、ルビィは急に大人しくなった。
「おーい、寝たのか?」
「……」
「お、ホントに寝たか?」
 ちらりと見ようとした時、ルビィが急に顔を上げた。
「なぁ、ブランク」
「……何だよ、起きてやがるのかよ」
 ブランクが舌打ちすると、ルビィの腕が僅かに締まって、ブランクは「ヤベ」と思って口を閉じた。
「あんな」
「あ?」
「うちな」
「何だよ」
「あんたのこと、好きやで」
「……は?」
 思わず一瞬足が止まる。が、すぐに気を取り直してまた歩き始めた。
「お前、言う相手間違ってるぞ」
「間違ってへんもん」
 妙に声色がしっかりしていて、再びブランクは足を止めた。
「―――酔っ払いが寝言かよ」
「寝言やないで、酔うてへんもん」
 ますます声がはっきりして、ブランクはギクリとなった。
「……お、前」
 振り向こうとしたら、ルビィの腕がさっと動いて、ブランクの両耳を掴んで前を向かせた。
「真っ赤やでー、ここ。照れとるん?」
 ルビィはクスクス笑った。
「なっ……! 歩けるなら降りろ馬鹿」
「嫌やー、歩けへんもん。おぶってってやブランク〜」
 両耳は開放されたが、ルビィの腕は再び首に巻きついて、かなり危険だった。
「……なら、大人しくしろ」
「はいはい〜」
 しばらくは大人しくクスクス笑っていたルビィだったが、やがて本当に大人しくなってしまった。
「今度こそ寝ただろお前」
 ブランクの両腕にはずっしりと重みが掛かって、背中の荷物が熟睡モードに入っていることを伝えていた。
「……結局酔ってんじゃねぇかよ、クソ」
 夕焼け空に向かって、ブランクは大きく溜め息を吐いた。



-Fin-





勝手に一人ブラルビ絵チャ大応援祭、勝手にお題風味第1弾『ブラルビジタ』でした!
って、ブラルビジタがほとんど生きてないですが(苦笑) 一行だけ…orz
ホントは冒頭に倍の長さでブラルビジタな状況を書いていたんですが、
なんか気に食わなくて全カットしてやりました。…ブラルビジタは永遠の課題です。

2007.3.12









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