「……またかいな、もう何度目やっちゅーねん」
 と、実家からの手紙を見ながらルビィがブツブツ言うので。
「どうかしたのか?」
 と聞いてしまったことを、ブランクは深く後悔した。
 ルビィは顔を上げるなり、こう言い放ったのだった。
「この際あんたでええわ。うちの実家に一緒に来てや」



お芝居



「――は?」
「せやから、服着てうちの実家に一緒に来いって言うとるの」
「――はぁ?」
「せやから、まともなモン着て実家について来んかいって言うとんねんアホ!」
「……なんで」
 ルビィは、母親からの手紙をその目前にちらつかせた。
「また『いつまで女優やなんて夢見とるつもり? 早うこっちに帰って、結婚なりなんなり現実的なこと考えなさい』って言うて来とる」
「正論じゃねぇか」
 思わず本音がポロリと零れたら、次の瞬間には頭のてっぺんから火が吹いた。
「い゛―――っ!」
 頭を抱えたブランクを放っておいて、ルビィは胸の前で両手を組むと、空の向こうをキラキラした目で見つめた。
「これでもうち、それなりには売れっ子の女優やし」
「……どこが」
「それなりに実力派の女優やし」
「……」
「これからまだまだ活躍予定やし、田舎になんか帰られへんワケ」
「あ、そ」
「そう」
 ルビィはくるりと振り向いた。
「せやからあんたが一緒に来て、うちの親に『お嬢さんとお付き合いしています』って言うてや」
「だからなんで!」
「そうしたらあの人たち、諦めると思うねん」
「だから……!」
「この間もちょろっと顔見せるつもりが、お見合いなんかに引っ張り出されてホンマ大変やってん〜。これで清々するわ♪」
「聞けっての!」
 ルビィはじーぃっとブランクを見た。目が据わっている。
「来てくれへんかったら、今この場でうちが知っとるあんたの『ヘンな癖ベスト10』を読者さんに発表するで」
「ばっ……なんでだよ!」
「あんたの『クールで男前』なキャラを覆したるで、ええねんな?」
「―――う゛」
 ルビィが不敵な顔でふふふ、と笑った。
「ほな、決まりな♪」



***



「まぁまぁよう来てくれはりまして! 汚いところですけど、どうぞお上がりになって」
 と、着物姿のお母さんが迎えてくれた……ので、ブランクは何だかものすごく嫌な予感がした。
「……お邪魔します」
 さぁどうぞ、と、客間らしき部屋に通されて、少し待つと、ものすごーく不機嫌そうな顔のお父さんがやってきた。
「ただいまお父ちゃん」
「……」
 愛娘を前にしても、むすっとして口を開く気配がない。後から部屋へ入ってきたお母さんに促されて、お父さんは渋々ブランクの向かい側に座った。
 ので、ブランクはますます嫌な予感がした。

 何と言っても、不吉な座り順である。

「ルビィがボーイフレンドを家に連れて来るやなんて、初めてのことでびっくりしてしまいましてねぇ、昨日は上を下への大騒ぎやったんですよ」
 と、お母さんはにこやかに喋り続けていた。
「あら、お茶を替えて来ましょうかしら?」
 腰を浮かしかけたので、慌てて
「い、いえ、いいです……」
 と断った。
「あらそうです? まぁ、随分と遠慮深い人やねぇ」
 椅子に座り直すと、お母さんは可笑しそうに笑った。
 ……一人朗らかだ。
「うちのルビィはホンマにしょうもない我が侭娘で、きっとご迷惑をお掛けしとるんでしょうね」
 お母さんは尚も朗らかにそう続けた。
 はいその通りです、とブランクは心の中で強く頷いた。
「そういうとこがカワエエて言うてくれるんやで」
 と、ルビィが得意そうに言った。
 思わずブランクは「は?」と言いそうになったが、ルビィが肘で思いっきり突っつくので、踏みとどまった。
「まぁまぁ、嫌やわこの子ったら!」
 お母さんはおほほ、と笑った。
 比例して、お父さんの眉間の皺が深くなったのが、正面に座っているブランクにははっきりと見えた。
 ―――非常に嫌な予感がした。
「それで、ブランクさんはうちのルビィのどんなとこを気に入ってくれはりましたの?」
「へ?」
 お母さんに突然そう尋ねられて、ブランクはびっくりしてそちらを振り向いた。
「え、えーっと……」
 ルビィが再び肘でこれでもかというほど突っついてきた。
 「上手くやらへんかったら『ヘンな癖ベスト10』やで」と、言っているようだった……ブランクは心の中だけでがっくり項垂れた。
 どうしてこんな面倒なことに巻き込まれてんだ、俺は。
「その……何でも、大胆ではっきりしていて」
 彼も一応役者なので顔は真面目くさっているものの、内心は冷や汗物である。ルビィのいいところいいところ―――
「そのわりに、可愛いところがある、と、いうか……」
 本当に変な汗が出てきそうだ。
 語尾が小さくなって消えてしまった後も、しばらくその場はしーんと静まっていた。
 ―――げ、なんかマズイこと言ったか?
 ブランクが本気で冷や汗を掻き掛けた時。
 突然、お父さんがガバッと立ち上がった。
 思わずびくっと縮み上がるブランク。
 仁王立ちに立ち上がったままのお父さんの隣で、
「まぁ……そうしたら、ホンマのことやったんやねぇ」
 と、お母さんが感慨深そうな声でそう言った。
「ホンマって、何のこと?」
「私たちはね、またルビィが『結婚しろ』って言われるのが面倒臭うて、お友達に頼んでこんなお芝居を打ってるんやないかって、勘繰っとったのよ」
 ドンピシャリ。
「せやけど、そんな風に仰ってくれはるやなんて、ホンマにホンマのことやったんやって……なぁ、お父さん」
 未だ立ち上がったままだったお父さんは、そのまま腰を直角に折れ曲がらせて、頭を下げた。
 ので、ブランクも慌てて立ち上がった。
「娘を頼みます」
 そうとだけ言ってしまうと、お父さんはドシドシと足音を立てて部屋を出て行ってしまった。
「まぁ、お父さん……」
 それを見送るお母さんは目元を袖口で拭っているのだった。



***



 帰り道、二人は肩を並べて、どうにもトボトボと歩いていた。
「……なんや、妙なことになったで、コレ」
「俺のせいじゃねぇぞ」
「あんたが変なこと言うからやんか」
「お前が変な計画立てるからだろ」
 ルビィはキッとブランクを睨んだが、確かにそうと言われればそうなので、言い返すのはやめた。
「まぁ、これで当分は『お見合いしろー』とは言われへんやろけど……これはこれで面倒そうやな」
「また巻き込みやがって」
 ブランクは大きく溜め息をついた。
「せやから、あんたが変なこと言うから悪いんやんか! あんなん、めちゃくちゃ好きですって言うとるようなもんやで」
「言いがかりだろ、俺は最善を尽くしたまでだ」
「もうちょっと抑えようって考えはないわけ? なんでそうストレートなん、あんたって」
「お前の褒めどころが少なすぎるせいだろ―――むしろそんなもん『ない』か」
 ルビィはぴたっと足を止めた。
「あかん、堪忍ならん、やっぱり『ベスト10』を発表せんと気が治まらん!」
 ブランクははっとして振り向いた。
「ばっ! お前それは約束が違うだろうが!」
「失敗したと同じやんか、約束は決裂や」
「な……!」
「みんなよう聞き〜! 第10位!」
「待てっての!」

「『こんな顔して実はマヨラー』」
「……誰がだよ!」




-Fin-





勝手に一人ブラルビ絵チャ大応援祭、勝手にお題風味第2弾『お嬢さんをください』でした。
そろそろ言っちゃってくれよブランク…(涙)
当初は言わせる予定で書いていたんですが、最初から間違っていたみたいで
全く言う気もなく終わってしまいました。次こそは!!(ガッツ)

2007.3.12









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