遺伝子
「なぁ、そういえば」
ルビィがふとそう呟いた。
「何だよ」
「うちの家族にはこの間ので挨拶済んだようなもんやけど」
「あ?」
「うっかり聞くの忘れとったわ、あんたって誰か家族おるん?」
「……」
「? ブランク?」
「……いや、いない」
「何、その間」
「……いない、ようなもんだ」
「そしたらおるんやないの」
「……」
訊かれなければいいと思っていたけれど……そういう訳にはいかない、というかいくわけがない、というのはわかっていたけれど。
「どこに住んではるん? ちゃんとご挨拶にも行っとかんと」
「いい」
「なんでぇ? 一応嫁になるんやし、そこはちゃんと三つ指ついてやな」
「似合わねぇぞ、ソレ」
「……」
※しばらくお待ちください。
「で、どこに住んではるの、早う吐きぃ」
「いや、俺だってもう何年も帰ってねぇし」
「あんたワルやったもんねー、勘当でもされたん?」
「……」
「……」
「……」
「……図星?」
「いや、勘当はされてない、けど」
「されたようなもん?」
是。
「そしたら、ええ機会やし、『許してくださいお父さまお母さま』って言いに行こうや」
「……だから何でだよ」
***
というわけで、やって参りました本舗初公開、ブランクの実家!!(笑)
「結構大きいやん……あんた実はお坊ちゃま?」
「――馬鹿言え」
ブランクがドアノッカーを鳴らすと、数秒後、慌しくドアが開いた。
「はいはいどちら様?」
「俺」
「……」
ドアを開けたその人は、じっとブランクを見つめた。
「掃除機なら間に合ってます」
バタン。
「ぶ!」
ルビィが哂った。
「……いい加減にしろよ、オイ」
「親を『オイ』なんて呼ぶ子を育てた覚えはありません」
と、ドア越しに声が聞こえた。
「顔くらい見せろって言ってたのはそっちだろ」
「親を『そっち』なんて呼ぶ子を産んだ覚えはありません。ついでにO崎豊に憧れて盗んだバイクで走るような子も、Bバップハイスクールに憧れてリーゼントにするような子も産んだ覚えはありません」
「してねーよ!」
再びドアが開いて、ブランクのお母さんはやれやれと溜め息を吐いた。
「で、そっちのお嬢さんは?」
いつの間にかちゃっかり見てはいたらしい。急に話を振られたルビィは、ブランクが「えーっと」とか言ってる間にさっさと自分で自己紹介した。
「ルビィっていいます〜、初めまして♪ 現在進行形で息子さんとお付き合いさせてもろうてます」
+女優スマイル。
「……あら、そうですか」
+ベタフラ(※漫画における効果の一つ。ベタに雷が走っている)
とっても不穏な空気が流れて、ブランクは微かに身震いした。
「これ、お土産ですー」
すかさずルビィが持っていた紙袋を差し出して、しっかり度をアピール。
「あら、商業区のカステラ屋さんでしょう? 美味しいのよね、安くて」
「……」
お母さんもにこーっと笑顔になりつつ、恐ろしいところにアクセントを付けた。
「大好物なのよ〜、うちの犬が」
「……犬なんて飼ってねぇだろ」
「何か言ったブランク」
手渡されたばかりの紙袋で、ブランクは顔を強打された。
「どんなお菓子がええかと思ったんですけど、やっぱりお年やし軟らかいものが良いかと思いまして〜」
と、ルビィも負けない笑顔でにこにこと。
「あら、気を遣っていただいてどうも〜」
にこにこ。
……あ、なんかこの辺すごく寒い。
***
「ちょうど今お夕飯の支度をしていたのよ。食べて行ったらいかが?」
と、お母さん。
「そしたらお言葉に甘えて」
「お客様があるならもっとたくさん準備したんだけどねぇ」
「すいませーんアポなしで」
にこにこ。
「うち手伝いますよって」
「あらいいのよ、あっちに座ってらしたら?」
「いえ手伝います」
二世帯住宅の掟:その一。台所に二人以上入るべからず。
「やっぱり西の方は薄い味付けなさるって本当なのね〜」
「しょっからいものばっかり食べてはると、早死にしますよお母さん〜?」
「あら、娘は産んだ覚えがないんだけどねぇ」
にこにこ。
……書いているこっちが辛くなってきました(笑)
***
さてさて、出来たものをダイニングに並べようとキッチンを出てきたルビィ。
椅子に座って新聞を読んでいる人に気付きました。
「……」
う、うわー! お父さんそっくりやし!(爆笑)
不機嫌そうなところまでそっくり。
「あ、あのー……」
恐る恐る声を掛けたら、ギロッと睨まれた。
―――めちゃくちゃヤーさんやし!!(汗)
再び新聞に目線を落としながら、お父さんは不機嫌そうな声で
「おいブランク」
と息子を呼んだ。
「あ?」
リビングでゴロゴロとテレビを見ていたドラ息子が振り向いた。
「紹介しろ」
「あぁ」
びくびくと待っているルビィの横まで来ると、ブランクはぴっと人差し指でルビィを指して、
「これ、仕事の同僚で―――」
「ちょっと待ったあんたそれ何その指は!」
「は? 何だよ、ちょっと指しただけだろ」
「それから『これ』ってなんやねん! いつからうちはあんたの『これ』になったわけ!?」
「だ、だから指示語だろうが、ただの指示語!」
「あったまきたあったまきたー!」
ポカポカ殴っていたら、未だ椅子に座ったまま新聞を読んでいたお父さんが急にクックッと笑い出したので、ルビィは思わずぽかんとなった。
―――笑い方とかめっちゃ似とるし……遺伝って怖っ!
「賑やかなお嬢さんだ」
「へ? あ、あの、すいません……」
思わずルビィが謝ると、お父さんはまた可笑しそうに笑った。
ルビィが胸元を押さえていつまでも明後日の方を向いているので、ブランクが「どうかしたのか〜?」とのんびりした声で訊いた。
***
ダイニングに料理を並べ終わった頃、ふと新聞から顔を上げて、お父さんは言うのだった。
「なんだ、また魚か」
ちょうど手に持っていた汁物の皿をダンッ、と勢いよくテーブルに叩きつけるお母さん。
「あら、何か不満でも?」
その勢いで、皿の中身は半分くらい減っている。
「先週も魚ばっかりだったぞ」
お父さんは相変わらず新聞に目を落としていて、そのことに気付いているのかいないのか。
「そうだったかしらねぇ」
声が冷〜たくなっている。向かい側に並んで座っていたブランクとルビィが思わず首を竦めた。
「文句があるなら、自分で作ったらいかが?」
刺々しい言い草に、お父さんはやっと顔を上げた。
「……別に文句など」
「大体、あなたの稼ぎが悪いからいつもいつも貧しい食材をどれだけ苦心して工夫して食卓に並べてると思ってるんです!」
言いながら、興奮してお父さんの手から新聞を取り上げると、それを丸めて武器にし始めた。
「おい」
「おい! おいですって! それしか言葉を知らないんですかあなたは! え!?」
「やめろ、見てるぞ」
その通り、彼女の息子とその恋人が、向かい側から戦況を見物していた。
「見てるのがなんだって言うの!」
キィ、とばかりに叫ぶと、お母さんの滅多打ちが始まったのだった。
***
「はー、疲れた」
ルビィは夕焼けの空へ向かって伸びをした。機嫌の悪いお母さんを相手に夕飯の片付けをするのは大層骨が折れた。
「こっちの方が疲れた」
ブランクは溜め息をつきながら、そう言った。
「あんた座っとっただけやんか」
「うるせぇ、座ってるだけで疲れたんだよ」
「ふーん」
ルビィはニィッと嫌な感じに笑った。
「お父さんとお母さん見とると、なんや思い出すな」
「……そうか?」
嘯くブランク。
「お母さん、面白そうな人やし」
「……どこが」
「結構気ぃ合うかもわからんし」
「……どうだか」
「んー、でもやっぱり」
歯切れの悪いブランクは放っておいて、ルビィは後手に手を組むと、さっさと歩を進めた。
夕焼け色の空はどんどん夜に向かって暮れ、一番星が白く輝き始めていた。
「やっぱり、同居は嫌やな、うち」
ルビィはそう呟いてみて、やはりそうだと自分に自分で頷いた。きっと毎日戦争だ。一瞬たりとも休まらへん。絶対無理。
―――そして。
「……同感」
と、後方から賛同の声が上がったのだった。
-Fin-
勝手に一人ブラルビ絵チャ大応援祭、勝手にお題風味第3弾『嫁vs姑』でした。
ぶはっ! 有り得ないですねこれは!(笑) 有り得なくて面白そうなのでやってみました。
ブランクの両親とか想像できないです。お父さんは似てるといいと思いつつ(笑)
ブランクを渋くした感じで。元々渋いのに更に渋く。どんなのよ(笑)
2007.3.12
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