最悪
ルビィがアジトの居間で、ベッドに入るまでの時間をのんびり過ごしていたところ。
突然、アジトの外壁のあたりで「ゴトリ」と鈍い音がした。
「……何、今の音」
ルビィはソファから立ち上がって、じっと耳を澄ました。が、その音はもう聞こえては来なかった。
今夜は、バクーとマーカスとゼネロ兄弟たちが仕事に出かけ、ブランクは非番だったが、夕方から出かけたまま、まだ戻っていなかった。シナは劇場艇に籠もってエンジンの整備をしていた―――恐らく徹夜だろう。
仕方なく、ルビィは自分で外を見に出てみた。
一見、何の変化も見当たらなかった。が、よく見てみたら、すぐ近くの足元に人影があった。
もっとよく見てみると、アジトの戸口の側の壁に寄り掛かったまま、崩れるように座り込んでいたのは。
「……ブ、ブランク!?」
ルビィは慌てて駆け寄った。
「どど、どないしたん? 具合でも悪いん?」
返事はない。顔を覗き込んでみて、ルビィはようやく合点がいった。
「あんた、もしかして酔っ払っとるん?」
やはり返事はない。相変わらずぐでーんとして壁に寄り掛かったままだ。
「……珍しぃ、あんたザルやのに。どんだけ飲んだん?」
兎に角こんなところに放っておくわけにも行かないので、ルビィは腕を掴んで引っ張ってみた。
「しっかり立ちぃ! もー、重い!」
「んー」
寝惚けた声で生返事である。
イラっときて、このまま放置してやろうかと思ったけれど。いつも面倒を看てもらっているのはこっちなので、やっぱりそれはちょっと非道な気がするのだった。
「酔い醒めたらあんた覚えときよ!」
腰に手を当てて息巻いてみたけれど、酔っ払い相手に通じるわけもなく。
―――ホンマ覚えときよ! まったく!
と、心の中で毒づいてから、ルビィはもう一度屈み込んで、ブランクの片腕を自分の肩に回して立ち上が……ろうとしてよろめいた。
「わ! ととっ」
壁に手をついて、何とか踏ん張る。
タンタラスの中では小柄な方だし、見た目も細くて軽そうなのに、支えて歩こうと思ったらやっぱり重い。
こうしてみると男の子なんやな〜、と、ルビィは改めてそう思うのだった。
「やっぱり腕も意外と太いし。腰回りも結構しっかりしとるしー」
……どこ触ってるの姐さん!(笑)
よたよたとよろつきながら、とりあえず居間のソファ――さっきまでルビィが座っていた――まで運び、一旦そこで降ろした。とても部屋までは連れて行かれそうにないので、ここで酔いを醒まさせようと思ったわけで。
「ほら、お水。ブランクー」
台所でコップに水を注いで帰ってきたら、そこですっかり寝入ってしまっていた。
「風邪ひくでーアホ」
「起きろー」
「ブランクー」
まったく反応なし。
「……面倒くさ」
コップを側のテーブルに置いて、ルビィは自分の部屋へ行くことに決めた。ここまでやってやったんやから、文句は言わせへんで。
しかし、リンドブルムとは言え、初春は結構冷え込む。あのまま放っておけば、いくらアホでボケでカスなブランクでも、風邪くらいはひくかもしれない。
それはやっぱり保護責任者遺棄に入るんだろうか……責任問題になるのか。なんで。面倒くさ。
ブツブツ言いながら、毛布を片手にルビィは居間へ戻ってきた。
ソファの上で狭そうに寝ているブランクに、荒っぽく毛布を掛けようとして、はたと手が止まる。
「……あんた、後生大事に剣背負ったまんまやんか」
はぁ、と溜め息を吐いて、ルビィはブランクの胸元にあるベルトの金具に手を伸ばした。このまま寝ていたら、間違いなく明日は背中が酷いことになっているだろうし。
「ちょ、もー、じっとしとって! ブランク!」
急にもぞもぞ動き出したので、ただベルトを外すだけなのにかなり手間取った。ようやく背中から鞘を抜き取って、ほっとしたその時。
不意に、ブランクの目が僅かに開いた。あ、と思ったのも束の間。
突然がしりと肩を掴まれて、そのままソファの上―――のブランクの上にドタッと倒れ込まされた。
「わ! ちょっと、ブランク!」
立ち上がろうとしたところを、更にぎゅうっと押さえつけられて、気付いたらルビィの背中がソファの上にあった。そしてその上にブランクが馬乗りに乗っかっていたのだった。
「ちょ、な、なにしとんのアホ!」
ブランクの目は半分くらい開いていたが、どうにも虚ろで、とても目が覚めているとは思えなかった。
ルビィの背中に冷や汗が浮かんだ。
―――わー、ちょっ、どないしよコレ!!!
何とかブランクにどいてもらおうと両腕に力を込めてみたけれど、酔っ払いのどこにそんな力が残っていたのか、ブランクはびくとも動かなかった。
それどころか、二人の間で突っ張っていたルビィの両手を捕まえて取り払ってしまうと、そのままどんどんこちらへ倒れ込んでくる、のである。
ルビィさん絶体絶命。
「ブランクー! 目ぇ覚ましてやアホー!!」
ほとんど泣き声である。
ブランクの頭がルビィの肩口に到達して、もう本当にダメだと思って、ルビィはぎゅっと目を閉じた。
―――そのままの状態で、しばらく時間が流れた。
やがて、ルビィの耳には穏やかな寝息が聞こえてきたのだった。
「……」
怖々と顔を離して見てみると、ブランクはそのままの体勢で再びぐっすりと寝こけていた。
「……あー、助かった」
思わず大きく息を吐いて、ルビィは我が身の無事を自分で称えた。よかったよかった。起きたら覚えとけボケ。
でも……待って。よくないでコレ。
「う、動けへん……」
両腕はガッチリ捕まれたまま、ブランクは上に乗っかったまま。ルビィが中途半端に掛けた毛布が絡まったまま。
つまりは、ブランクがどいてくれない限り、ルビィはぴくりとも動けないのだった。
「重い……死ぬ」
身動きできる分だけ暴れてみたけれど、状況はさっぱり好転しなかった。
ルビィは、助けてくれそうな人の顔を思い浮かべた。ボスとマーカスたちは帰ってきぃへんやろ、シナは絶対帰ってきぃへんやろ、ジタンはアレクサンドリアやろ。
―――誰もおらんてどーゆーことや!
「ブランクー!」
今自分を救えるのは、この自分の上にどでーんと乗っかっているアホでボケでカスなブランクだけなのだった。
「どいてやホンマに! うち圧死するで!」
「頼むから起きてって……」
「ブランクー!」
ほとんど泣きそうになった時、ブランクがまたぼやっと目を開けた。
「あ、ブランク! 目ぇ覚めた? お願いやから一回どいてや! お願い!」
相変わらず目が虚ろだったけれど、ルビィは一生懸命頼んでみた。
こんなに一生懸命頼み事するなんて、滅多にない。いや、一度もなかったかも。
「……んー」
ルビィの願いが通じたのか通じなかったのか、ブランクは寝惚け声で返事をすると、ルビィの上から退いてはくれたが、横にずれただけで、依然腕はルビィを捕まえたままだった。
「……マジ!?」
重くはないが狭い。そういう意味ではさっきより辛い。ブランクにしがみ付いていないと落ちてしまう……いや、落ちた方がいいのか? でも足が毛布に絡まったままで、妙な落ち方したら痛いで。間違いなく。イ●バウアーになるし。
「……サイアク」
兎に角叩ける部分は全部引っ叩いて起こそうと努力はしたが、ブランクはもうぐっすりと眠ってしまって、全く起きる気配はなかった。
「もう知らん。あったまきた。知らんからな、このアホ!」
明日目が覚めた時に思いっ切り慌てればいいと、ルビィはわざと足を絡めて密着してから、目を閉じた。
-Fin-
勝手に一人ブラルビ絵チャ大応援祭、勝手にお題風味第4弾『紅が白を介抱』でした。
ますます有り得ないこの状況!!(爆笑) 色々楽しかったです(笑)
お題1でよく有りそうな状況(笑)を書いたので、逆をやってみようかと。
それでも一応面倒を看てあげる姐さんがまず有り得ない(笑) 絶対放置な方向ですねこの方。
2007.3.12
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