序章



 教会の重い扉がごく静かに開き、白い朝の光の中に現れた影を見て取った神父が、おや、と声を上げた。
「エメラルド女王陛下では―――」
「おはようございます」
 にっこりと微笑んだ女王の腕には、まだ生後間もないガーネット王女が抱かれていた。
 今日は、洗礼の儀。
 しかし、わざわざ早朝に教会を訪れた意図を掴めず、神父は唖然となって母娘を見つめた。
「いかがされましたか?」
「その―――この子の洗礼名のことなのですが」
 と、腕の中で眠る小さな赤子を覗き込む。
「そのことなら、宮内大臣がご準備申し上げておりますから、ご心配はご無用ですよ」
「ええ」
 微笑みかける女王の真意を測りかね、神父は息を吐いた。
「何かおっしゃりたいことがおありのご様子ですな」
「―――ええ、実は」
 女王はもう一度娘を見つめ、意を決したように顔を上げた。
「付けていただきたい名があるのです」
 ほう、と神父は息を漏らした。
「何なりとおっしゃっていただければご融通いたしますよ」
「ありがとう―――でも、賛成していただけるかどうか」
 彼女は溜め息を吐く。
「『ダガー』と付けていただきたいんです」
「ダガー……武器の名ですな」
「ええ。だから、宮内大臣には反対されたんです。争いを呼ぶ名だと」
 神父も頷いた。
「確かにその通りです。しかし―――なぜ、その御名をお付けになりたいと?」
 女王は静かに目を閉じた。
 しばらくそのままじっと動かなかった。
 やがて目を開け、囁くように小さく告げる。
「―――父が、母をそのように呼んでいたのです」
「なんと!」
 神父は驚きのこもった声で一言感想を漏らした。
「父と母には、『ダガー』という名に何か思い入れがあったようなのです。だから、この子にその名を継いでもらいたいと……」
 女王は不安げな目を床へ落とした。
 神父は数瞬考え込むように黙っていたが、やがて頷いた。
「わかりました。そのような思いのある御名なら、神も無下にはなさりますまい。私にお任せ下さい、陛下」





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